消えた甲子園 2020高校野球 僕らの夏 朝日放送テレビ「2020高校野球 僕らの夏」取材班著

2021年1月31日 07時00分

◆無人の舞台の青春譜
[評]満薗文博(スポーツジャーナリスト)

 テレビ人たちが、カメラやマイクを、ペンに持ち替えて描いた「特別な夏」の青春群像である。アンカーマンが、取材現場に散ったテレビマンらの声を読み物にした「立体的」な作品、全十七話が、オムニバス・スタイルで、次から次へと展開される。
 春のセンバツに続き、夏の甲子園も中止が決まる。表題の「消えた甲子園」が現実になった二〇二〇年の物語は、テレビマンらの手で、一冊の本として遺(のこ)されることになったのである。不肖私も、毎年春・夏の甲子園行脚を続け、東京中日スポーツ・中日スポーツに、連日コラムを書き連ねて来た。予期せぬ悲報に心が沈んだが、彼(か)のテレビマンらは、ペンで立ち上がった。特別な年の青春群像を遺すことが、記録者としての彼らの矜持(きょうじ)だったのだろう。
 短編で構成されているが、一つひとつのお話を紹介したら紙幅が尽きる。だから、ここは、私の心に最も残った一編を紹介する。わずか五ページ分のスペースで書かれた「帯広農業エースのグローブに託された思い」は、珠玉である。
 「北海道、十勝。果てしない大空と広い大地のその中にあるのが、帯広農業野球部だ」で始まる青春譜。一九八二年夏、悲願の甲子園初出場を果たし、初戦で敗れて四十年。21世紀枠で春のセンバツを射止めていた。キャプテンでエースの井村塁が手にしていたのは、同校野球部OBでもある二歳上の兄が、家業の農業のかたわら、アルバイトで稼いで贈ったグローブ。十勝牛の革で作られたものだった。
 八月。高野連は、センバツに選ばれていたチームを、夢の甲子園に集めて「交流試合」を行った。井村少年は、このグローブで、母校の甲子園初勝利を飾る…、と言ったお話である。少年は何を話し、兄は何を思ったか、もっと書きたいが、あえてここで止める。北海道の大地で球を追い、ほぼ無人の甲子園で戦った球児が語りかける「声」に耳を傾けたい。
 映像人たちが書き上げた作品からは、青春が見えるのである。
(集英社・1540円)
 甲子園大会が中止となった2020年の高校球児を追ったテレビ番組「僕らの夏」を制作した。

◆もう1冊

菊地高弘著『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)

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