<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(5)「詩の礫にしよう」

2021年1月30日 07時18分
 「あなたはどこに居ますか。私は暗い部屋に一人で言葉の前に座っています」
 二〇一一年三月十八日のツイッターはこう始まる。相次ぐ余震に揺られ続け、和合亮一さん(52)は酔ったようになっていた。夜は眠りが浅く、揺れで何度もたたき起こされた。外の放射線量は高く、窓が開けられないまま、教職員住宅二階の部屋に閉じ込められていた。
 この日は大きな余震が何度もあった。何度目の揺れだっただろう。午後に本震と同じと感じるぐらい大きく揺れ、目の前のタンスが「歩いてきた」と感じた。建物の倒壊の危険を感じて部屋を飛び出すが、避難する間も書きたいことが止まらない。左手にノートパソコンを持ち、右手で文字を打ちながら階段を下りた。玄関まで行き、揺れがおさまったので二階に戻る。部屋のドアを開けようとノブに手をかけた瞬間、ツイッターの詩の題名を「詩の礫(つぶて)にしよう」とひらめいた。
 直感的なものだった。震災までは、大きな一塊で現代詩を書いていた。だが原発事故後は、頭に浮かぶことを本能のままに、ツイッターで小石のように次々と投げた。
 前触れもなく突然、大地震や津波が襲ってきた不条理。奪われたたくさんの命。原発は絶対に爆発しないと思っていた自分への怒り。平和な生活が壊され、全てが覆された絶望。日々、言葉の礫をマシンガンのように打ち続けた。何をしても福島の状況は変わらず、なしのつぶてだとも感じた。余震に揺られながら、怒りだけで自分を保っていた。
◆次回は2月2日掲載予定です。 
◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

関連キーワード

PR情報