本心<130>

2020年1月18日 02時00分

第七章 転機

「この先どうなるかわからないし、少しでも貯(た)めておかないと、病気にもなれないし。」
 「ルームシェア」の方が、当然、生活費を節約できる。ただ、相応のお金は支払った方が、心理的に負担を感じずに済む、と説明した。
 僕はそれに同意した。互いに対等の関係でいるためには、必要なことだった。
 彼女に長くいてほしい、という点では、僕も同じ考えだったが、その根底にある彼女への好感を、僕は適切に方向づけるべきと感じていた。今なら、まだそれは間に合うのだから。――<母>に報告すると、「あら、そうなの?」と、表情もなく、その事実を判断しかねている様子だったので、僕ははっきりと、
「そう。三好さんが一緒にいてくれることになって、僕も喜んでるんだよ。」
 と言葉にした。そうしてようやく、<母>は、
「そう? よかったわねえ。三好さん、お母さんの一番のお友達なのよ。」
 と笑顔を見せた。
 三好は、看病の礼に、何か手料理を振る舞いたいと、僕にリクエストを尋ねた。食事は別々のことが多く、僕たちはまだ、一緒に台所に立ったことがなかった。
 お互い様なので、そんな特別なことだと思わないでほしいと言ったが、せっかくなので、しばらく考えて、
「鍋とか、食べたいです。」
 と答えた。
 彼女は大きな笑顔で、
「鍋なんて、料理じゃないよー。野菜切るだけなんだし。」
 と言った。
「でも、あんまり外で一人で食べられないので。」
 僕がそう答えると、彼女は腑(ふ)に落ちたように、ああ、という顔をした。
「そうね。――よし、じゃあ、鍋にしよう!何鍋にする?」
「何でも。……あ、買い物、僕も行きますんで、その時に考えます。」
「オッケー。なんか、お礼って言う趣旨とは違うけど、ま、いっか。楽しそうだし。」
 彼女はそう言って、微笑を留(とど)めたまま、自分で納得し直すように、二度頷(うなず)いてみせた。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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