本心<131>

2020年1月19日 02時00分

第七章 転機

      *
 三好と鍋を食べる約束をしていたのは、関東地方を、また新しい台風が見舞った日の翌日だった。
 警戒されていたものの、被害は比較的軽く、ただ、前回、被災した町では、修繕途中の家が水浸しになったり、新たにまた電柱や街路樹が倒れたりして、住民は意気阻喪した様子だった。テレビのインタヴューに応じた被災者の一人は、「双六(すごろく)で、悪いマスを踏んで後戻りさせられたみたいな感じ。」と応えていた。
 三好の以前住んでいたアパートは、まだ再建の目処(めど)が立っていないらしい。
 僕は、会社から「注意」という名目の警告を、この日もまた受け取っていた。
 岸谷の事件以降、“リアル・アバター”という職業は、俄(にわ)かに世間の注目を浴び、需要と就業希望者が急増していた一方で、依頼者の「どんな要求にも従う」という仕事に対して、“抗議”も殺到していた。無責任であり、社会的に許容されるべきでない、と。言うまでもなく、岸谷の一件は例外的であり、実際には利用規約もあるが、ただ、会社が仕事内容を拡張させてきたことも事実だった。
 長時間労働や過労が常態化している就業形態も、この手の他の仕事同様に問題視された。それが改善されるのは、僕も勿論(もちろん)、歓迎する。
 正直なところ、僕は会社に対して、これまでになく不信感を抱いていた。
 ベテランとして重宝されていた以前とは異なり、顧客からの評価が低下すると、“指導”が増え、特別歩合の見直しを強いられ、初めてアクセス停止の脅しまで受けた。それらはすべて、AIが自動的に僕を査定して、メッセージを送りつけてくるのだったが、反論のメッセージを担当者に送っても、「ご主張の点を踏まえた上で、適正に契約条件の見直しが行われていると認識しております。」と取りつく島のない返答が返って来るばかりで、話し合いの場さえ設定してもらえなかった。
 しかし、僕に対する会社の認識の変化は、決して機械的なものではないと感じていた。殊に、岸谷との関係については猜疑的(さいぎてき)で、彼の問題行動が目立ち始めた頃から、僕に対しても冷淡になったのは明らかだった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
※転載、複製を禁じます。

おすすめ情報