本心<128>

2020年1月16日 02時00分

第七章 転機

 僕たちは、最後に区切りをつけると、交代で洗面所に歯を磨きにいった。そして、隣り合うそれぞれの部屋に下がって就寝した。
      *
 僕は、三好に母が使っていた鍵を渡し、自由に出入りしてもらった。
 翌朝は、それぞれ別の時間に出勤したが、避難所生活から解放された安堵(あんど)もあるのか、彼女は帰宅後、体調を崩し、夜中に嘔吐(おうと)と下痢を繰り返した。
 僕は、大した看病も出来なかったが、すぐに吐きに行けるように、廊下で横になった彼女にタオルケットや枕、水などを持ってきてやった。
 三好は、蒼白(そうはく)の苦しげな顔で、「ノロウイルスとかだったら、朔也(さくや)君にも移るかも。ごめんね。」と謝った。僕は一応、マスクと手袋をしてトイレを掃除した。あのまま避難所に居続けたなら、今頃どうなっていたのだろうと考えた。そして、前日に彼女を自宅に呼んだのは正解だったのだと思った。
 翌朝は、午前の仕事を一つキャンセルして病院に付き添い、粥(かゆ)程度の食事を準備して、彼女を残して出勤した。
「ゆっくり休んでください。夕方、戻ってきますので。」
 ノロウイルスではなかったが、急性の腸炎という診断で、やはり、洗面所などを介してウイルスに感染する危険があると注意された。僕は、会社から急な仕事のキャンセルについて厳しい警告を受けており、午後の勤務中に発症することを恐れていたが、幸いにして何事もなく仕事をこなせた。
 三好は何度も、「ごめんね。」と謝り、また「ありがとう。」と礼を言った。丸二日間、熱が下がらず、洗面器と水を傍らに置いたまま、暗い寝室で横になっていた。
 自分自身を支えきれなくなった肉体には、健康な時以上の重たい存在感があった。それは、動かし難く、眼下に見下ろされ、無防備だった。助けを必要としていて、僕に責任のある態度を求めていた。
 母が生きていた時にも、病気の際には、この部屋で看病をしたが、それは<母>との今の暮らしの中では、決して経験できないことだった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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