本心<125>

2020年1月13日 02時00分

第七章 転機

 三好は、しかし、当然のように、岸谷はすべてを承知の上でドローンを操作したに違いないと言った。そして、
「自棄(やけ)を起こしちゃったのかしらね。……」
 と言ったきり、しばらく考え込んでいた。
 それから、
「やっぱり、あっちの世界まで壊しちゃいけないでしょう?」
 と呟(つぶや)いた。
「あっちの世界?」
「わたしたちのいる世界はボロボロだけど、お金持ちのいる世界は順調でしょう? あっちまで壊れちゃったら、どこにも居場所がなくなるもの。結局、こっちの世界ももっと悪くなるだろうし。それは、すべきじゃないと思う。」
 僕は、三好の言葉を理解しようとした。岸谷の起こした事件を、最初はどこか別の世界の出来事のように感じたというのは、僕も同じだった。けれどもそれは、仕事が忙しすぎて、ニュースに接する時間がなかったからだった。
 三好が言っているのはそうではなかった。彼女は、この世界そのものを最初から二分して見ているのだった。うまくいっている世界と、いっていない世界とに。僕は無論、その言葉が帯びている諦念の響きを聴き取れないわけではなかった。けれども、居酒屋で対面した時、僕は彼女が、そのことを率直に「不公平」だと語っていたことに強く共感していた。そして、その真意を確かめようとした。
「金持ちが住んでるのは、確かに、別世界みたいに感じられますけど、……一つの国なんだから、本当は切り分けられないんじゃないですか? 仮想空間には、それは、無関係の色んな場所がありますけど、それとは違いますよ。こっちの世界から富を吸い上げて、あっちの世界が潤ってるのに、あっちはうまくいってるって言うんですか?」
「もちろん、すごく不公平だけど、……被災すると、なんか、全体が悲惨なのより、まだいいのかなって気持ちにもなるんだよね。被災してない場所があるからこそ、被災地の支援も出来るわけでしょう? こうして避難も出来るし。どんなに不満があっても、そこを壊しちゃったら、夢も希望もなくなるから。」
「どんな希望なんですか?」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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