はらだ有彩 東京23話 最終話 文京区「初天神」

2021年2月10日 12時05分

古典の人情噺を現代版にリブートする話題作。イラストやテキスタイルデザインも手がける多彩な作家、はらだ有彩さんが、古典の人情噺を元に、現代版としてリブートする話題の新感覚ショートショート。 東京23区を舞台に繰り広げられる人情噺を、軽やかなタッチで描き下ろします。

玄関の覗き窓が、階段の下に造り付けられた倉庫の扉に小さな虹を落とす時間帯を、すぐるはもう忘れた。昔はその5mmほどの虹を頬に映すのが好きで、いつも待ち構えていたというのに。
12月31日に帰省できなかったのは、8年くらい前にインフルエンザに罹ったとき以来だ。どんなに忙しくても年末年始、盆、GWはもちろんのこと、3連休にだって実家に帰っていた。クライアントの「休み明けまででいいですよ」という笑顔を呪いながら、一人で蕎麦を食べているか、悪くすれば蕎麦そのものを用意さえできない実家の父を想像し、すぐるの気持ちは滅入っていた。
母は昔から社交的な人で、大抵いつもどこかへ出かけていた。大晦日は毎年、何とかの会(忘れた)と名づけられた友人たちの集まりに出かけるのが恒例だ。その間の父の相手は、すぐるが仰せつかっている。
深刻な声音で電話をかけてきた息子に、楽観的な母は頓着しなかった。別に蕎麦なんか食べなくたって死にゃあしないわよ、それよりあんた仕事辞めたら?ブラック企業ってやつでしょ、それ。
この人には事の重大さが分かっていないのだ、とすぐるは愛着を含んだ呆れをもって通話を切った。
別にいいのに、という母を無視して、結局すぐるは1月の2週目に入ってから遅い帰省を果たした。
実家の玄関ポーチは昼間でも薄く翳り、ひんやりと静まっている。ドアの横にはめ込まれたガラス製のタイルが底冷えに一役買っていた。濃い茶色の合板が貼り合わせられた階段の壁は、すぐるが中学時代に転落して蹴り開けた穴が今も放置されている。
祖父母からの出資を大いに受けて40年程前に建てられたであろう一軒家は本郷のゆるい坂の中ほどにあり、よく言えば風情があり、悪く言えばボロい。リフォームを申し出たが、母にあっさり断られた。
「だってそのうちカナダに引っ越すかもしれないし、家なんかあったって大変なだけよお」と母は笑っていた。カナダにはすぐるの姉の利穂子が住んでいる。母の性格を多分に受け継いだらしい姉はこれまた昔から明るく社交的で、大学を卒業すると同時にあっさり日本を出て移住してしまった。中国系アメリカ人の夫と向こうで何かの会社を運営しているらしいが、すぐるは結婚式のときと、数回のスカイプ通話でしか彼と話したことがない。良い人だった。
居間に通じる、一年中開けっ放しのドアにかけられたビーズの暖簾をくぐると、父がすぐるに背を向けて食卓についていた。時間の経ったソースの香りが部屋に満ちている。
やっぱり、今日もたこ焼きだ。
ちゃんと腹を空かせておいた自分に満足し、すぐるは白いパックを覗き込む。
「おう、食うか」
「うん」
すぐるが帰ると、父はいつもたこ焼きを買ってくる。必ず買ってくる。
確かに昔、おれはたこ焼きが好きだったよ、とすぐるはそのたびに思う。好物だったことは認めよう。だが高校生の頃の話だ。すぐるはもう35だった。
黙ってパックのたこ焼きを皿に移し、レンジに入れる。1、2、3、4、5、6、7、8個。
昔は軽々平らげていたというなら、父だってそうだった。若かった頃の父は、すぐるのおやつに付き合って自分も丸ごと1パックは空にしていた。
父が食べて残したらしい、たった2個分のたこ焼きの穴を見るとわけもなく切なくなり、それでいつもすぐるは皿に移し替える。ずっと昔からある、青地に緑色のぶどうの絵が描かれているシチュー皿は、たこ焼きを盛り付けるには少し深すぎる。実家の食器棚には、誰にも顧みられないまま、置き場所だけは変わらず与えられ続けている皿が大量に眠っている。
「すぐるはたこ焼きが好きだな。若者は好きなだけ食べなさい、父さんはいつでも食えるんだから」
どかどかとパックをひっくり返す息子を見て父は満足そうだった。自分だってたこ焼きくらいいつでも食える。100個だって買える。ついでに、そんなに若者でもない。さすがにこの年になって夕方にたこ焼きを食べ、夜に帰宅した母の手料理を山盛り食べるのはきつい。だから昼食を抜いてきた。すぐるはいつも、良い息子でありたかった。
自分が食べなければ、この残された8個のたこ焼きはどこへ行くのだろう。
電子レンジは数年前に買い替えられて、すぐるには使い方がよく分からない。やたらと色々な機能を搭載した、専用のボタンが無数についている。毎回違うボタンを押し、毎回温めすぎた。地獄のような温度になった生地に舌を焼かれ、はふはふと呻る。
熱いものを食べながら喋ったことは、なぜか覚えていられない。肉体の危険を感じて、くちびるが情報を遮断するからかもしれない。いつも灼熱のたこ焼きに翻弄されている間に、父との会話は片手間に聞き流したように終わってしまう。気づくと帰りの電車に乗っているのだ。まるで父を蔑ろにしたようで、一緒に過ごす時間をあっさり逃してしまったようで、後ろめたかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「実家が横浜で仕事は都内、とかはよくあるけど、その逆は珍しいね」と言ったのが前の彼女だったか、その前の彼女だったのかをすぐるはもう忘れた。最近、何もかも忘れてしまう。
「産むのはあんたじゃないんだから、勝手に決めないで」と言ったのは前の彼女だ。これは間違いない。言われてみれば全くそうだ。その通りだ、とすぐるは思った。そういうことは言われれば寸分違わず理解できるのに、なぜか、言われるまで思い至ることができない。   
昔住んでいた街を歩くことは、頭を退屈にさせ、身体を忙しくさせるためか、記憶が無数に蘇ってくる。暇を持て余して実家の近所を徘徊するのが、すぐるの帰省時の定番となっていた。
実家とは基本的にすることがない場所だ。年末年始なら歌番組でも観て、芸能人に的外れなコメントをする父を「こき下ろさない」という方法で許すだけでよかった。それはまぎれもなく孝行だったから。
準備してきた話題は数十分で尽きてしまう。かといって居間でスマホに興じていては帰省した甲斐がない。
散歩をして「生まれ育った街を愛している」と示す行為によって父に愛情を伝えるのは、なかなか悪くないアイデアだ。
今日は持ってきたタブレットで、昔すぐるが一緒に眠っていたクマのぬいぐるみの写真を父に見せる作戦だった。
クマは30年以上前、当時船橋にできたばかりのイケアで、物珍しさから利穂子に買い与えられた。クマはクマであるにもかかわらず「ねずみちゃん」と名づけられ、利穂子からすぐるへと渡された。最近イケアがインターネットで公開した古いカタログに、商品として「ねずみちゃん」は掲載されていた。
年末のセールで家具を新調しようとオンラインショップを眺めていたすぐるは、自分の買い物の倍ほどの時間をかけて、カタログの隅に小さなクマを探し当てた。利穂子は「ねずみちゃん」のことなどすっかり忘れているだろう。自分は覚えている。覚えていて、父の買ってくれたものに、大人になった今でも影響を受けていることを表明したかった。
すぐるの住む横浜の賃貸マンションは、駅から少し遠いが、その分陽当たりがよかった。明るく新しい家に自分だけ住んでいることがすぐるを微かにげんなりさせる。
当時の気配をたっぷり湛えた家具をタブレットの画面に表示して父に見せる。「ねずみちゃん」のページも見せた。父の反応はすぐるが想像していたよりも薄く、「ん?ん、ああ、そうだな」とつぶやいただけだった。それから「小さい画面は目が痛い」と言って寝てしまった。すぐるは父がタブレットを使いこなせないことに少なかからず労わらしさを感じる。父は本当に無趣味なのだ。自分が楽しいことを持ち込まなければならない。
やたらと凝った建物の歯科医院や、自宅と同じ年代に建てられたと思しき、似たり寄ったりのデザインの一軒家。坂に組み込まれた狭い路地。パン屋。道路は発光するように太陽を反射し、日陰はしんと冷たい。再開発されていない街並みは変わらなくても、馴染みのなさは年々増していく。近所の人もすぐるを忘れ、皆、怪訝そうな表情で会釈を返してくれる。
焼きたてのパンの匂いに混じって、ふと、覚えのあるソースの香りが漂ってきた。
温められたばかりの新鮮なソース。
さっき散々食べさせられたはずなのに、足が勝手に吸い寄せられていく。
「おおー、すぐる、久しぶりだなあ」
唾液を過剰に分泌させながら鉄板を覗き込んでいると、カウンターの中から声をかけられた。
「え」
小学校の同級生の、たっちょんだ。同窓会以来だろうか。
たこ焼き「巽」はすぐるのクラスメイトの父親の店である。
「たっちょん、まさか店継いだのか」
「そうよ、大将と呼んでくれてもいいぞ」
「やけに似合うなあ」
いやあ、参ったよ、とたっちょんは作務衣の肩を回しながら大げさに顔をしかめて見せる。
「継いだってのは冗談。親父、ぎっくり腰でさ。兄弟順番に休みの日駆り出されて、店番よ」
「えっ、おやじさん、大変だな」
巽のおやじさんには良くしてもらった。朗らかで声の大きなおやじさんは、父と同年代であるはずなのにずっと年下に見える。新卒で入社した企業で定年まで働いていた父が、人よりも老けているのかもしれない。
「何してて腰やっちゃったの。仕入れ?」
「いや、それが、孫ができてからもう、張り切ってさあ」
頭に手ぬぐいを巻いたたっちょんは、何だか瑞々しい青年のように見えた。自分は彼と比べると老けているだろうか、とすぐるは香ばしい空気を吸い込みながら考える。
たっちょんには、去年娘が生まれたらしい。初孫ができて喜ぶおやじさんは簡単に想像できた。「高い高い」をしようとして腰を痛めたのだという。
父が暗い台所に座って、「いい人はいないのか」などとぽつりと尋ねるたび、すぐるは独身であることを不甲斐なく感じた。会ったことのないたっちょんの妻と、娘と、娘を抱っこして腰を痛めたおやじさんを思い浮かべる。顔の見えない小さな子供が「じぃじ」と甘える。
「すぐる、買ってく?おまけしちゃうよ」
たっちょんの溌溂とした声が架空の家族を鉄板に霧散させた。
「いやそれが、もう食ったんだよ。うまかった」
「ああ、お前の親父さんか」
「もうね、おれが帰るたびに買ってくんの。いや巽のたこ焼きは、いつ食ってもうまいよ。でもさ、晩飯は別に出てくるんだもん、さすがに太るよ」
「俺らもオッサンだからな、少年野球部だった頃とは代謝が違うよな」
しかし立ち話だけして何も買わないというのも失礼な気がして、すぐるは焼きそばを注文した。焼きそばなら冷凍しておけば父が昼に食べるだろう。
「ウチはご贔屓にしてもらってありがたい限りだよ。親父さん、」
たっちょんが鮮やかな手つきで麺を混ぜる。
「ほんとにたこ焼き好きだもんな、」
「ん?」
「え?」
カッ、カッ、とステンレスのコテを鳴らして麺が白いパックに詰め込まれる。すぐるは妙な心地がした。
親父が、たこ焼き好き?おれじゃなくて?
たっちょんは店のチラシとお手拭きと割り箸を手早く包んでくれる。割り箸要らない、と言おうとしたが、たっちょんの言葉によって声はせき止められた。
「親父さん、ほとんど毎日来てくれるんだよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あと3時間くらいで着くから」
「そうか」
最後に嘘をついたのがいつだったかをすぐるはもう忘れたが、最新は今日に違いない。
わざと数時間遅い到着時間を告げ、すぐるは家の近くで張り込みをしていた。2週連続で帰ると言い出した可愛い息子を、母は「暇なの?」と訝しんだ。薄情である。
近隣住民に見つからず、怪しまれずに隠れるのはかなり難しい。なるべく自然な感じを装って、一本隣の通りの隙間から家を観察する。二階建ての古びた家。庭には母が道楽で始めて、すぐに飽きて放置したものの、勝手に逞しく育った植物が繁っている。ここが父の揺り籠なのだ。
ずっと出てこなかったらどうしようと心配したが、すぐるが電話を切ってすぐに、ドアの鍵が開けられる独特の軋みが聞こえた。路地に身を潜ませる。
家から出てくる父を遠くから眺めるのは不思議な気分だった。テレビドラマを見ているようだ。昔よりも太り、心なしか背が低くなった。65歳という年齢は、おれが細々と心配してもおかしくない年齢ではないだろうか。子供に孝行されてしかるべき年ではないのだろうか。
自分が幸せにしないと、父は幸せにならない。自分が父との思い出を全て覚えていると伝えなければならない。
すぐるに気づかずに、父は巽の方へ歩いていく。
今日もたっちょんが店番をしていた。慌てて身を隠すが、すぐるが後をつけてきたことは、たっちょんにはすぐにバレてしまった。あれ?と言いかけたのを口の形で察し、ジェスチャーと目くばせで何とか黙らせる。
やはり父は気づかない。白いビニール袋を受け取り、また歩き出す。すぐるも後ろへ続きながら、振り返ってたっちょんに身振り手振りを送り誤魔化す。「なんだ、あいつ?」というたっちょんの視線を振り切っているうちに、父は家とは反対の角をぷらぷらと曲がった。
一体どこへ行くんだ。
というか、なんだか、袋がいつもより膨らんでいる。
たっぷり15分かけて到着したのは、すぐるの足なら徒歩5分の距離にある小さな公園だった。父はまっすぐベンチに向かい、勝手知ったる様子で腰かける。
そしておもむろに袋をがさがさと剥くと、たこ焼きを食べ始めた。
えっ。
え、それ、おれのたこ焼きじゃないの。
危うく声を出すところだった。しかも膝の上にはパックが2つ重ねられている。袋が大きかった原因はこれだ。
まだ湯気の立っている球体を2つ、3つ口に放り込むと、父は爪楊枝を蓋に突き刺し、元の通りに包み直して立ち上がった。今度は駅の方へゆっくり歩いていく。
なんだ、なんだ。父が何をしているのか、どこへ行こうとしているのか、すぐるには見当がつかなかった。
こちらでは金魚のいる生け簀を覗き、また向きを変えて歩く。あちらでは古書店のウィンドウを覗き、方向転換。それから大学のキャンパスなんかを眺め、また歩みを変える。
一向に帰る気配がない。とうとう谷中の方まで辿り着いてしまった。どれだけ歩くんだ。
今日もたこ焼きに備えて昼を抜いてきたため、すぐるは腹が減っていた。空腹で目が回りそうだった。自販機で熱いココアを買い、寒さを凌ぐ。
父は慣れた顔で昼飲みの店の軒先に身を寄せ、ビール箱をひっくり返した椅子に座って熱燗を頼んでいた。
酒を飲む父を見たのはいつだろう。たぶん、思い出せないのではなく、記憶がない。てっきり下戸だと思っていた。またビニール袋が開けられ、たこ焼きが減っていく。軒先に居合わせた常連客が、めいめいの箸やフォークで数個つまみ食いしている。軽く酔ったらしい父は、全く見覚えのない人たちと談笑していた。
……もしかして、酔っぱらってたから、いつも眠たがってたのか!?
黄色いビール箱にすっかり落ち着いた父が、ビニール袋に手を突っ込み、2つめのパックを取り出す。
待て。それはおれのじゃないのか。
……もしかして、いつも少しだけ減っていたたこ焼きは、つまり、おれのために買ってきたものではなく、食べ残しだったってことか!?
白いパックの中身がすぐるの見慣れた状態になった頃、ようやく父は帰路に着いた。

「おお、帰ったのか」
父が玄関に入っていくのを見届けてから町内をきっちり4周し、全く凍えていないふりを装って、すぐるも玄関を開けた。疲労困憊していた。
「寒かっただろ、たこ焼きあるぞ」
――知ってるよ!
すぐるが知らないのはたこ焼きではなく、父だった。まるで初対面のように父を見ると、知らなかったという事実がどっと押し寄せてくる。自分の人生を使うことが父を幸福にすることであり、父の使った時間に報いることなのだとすぐるは思っていた。
この人は誰だろう。
すぐるが父を知るずっと前から、父には父の人生があり、父は父で生きていたのだ。この街をすぐるが歩き回るよりも先に、父はここで暮らしていたのだ。
返事の代わりにすぐるの腹が鳴った。今すぐ何かを頬張りたかった。こってりと味のついた何かを。
隣家の影が落ちる庭先から薄青い光が差していた。早く春にならんかなあ、と呟いて、父は呪文を唱え始めた。
「オッケーグーグル」
母が適当に買ってきたのであろうベージュの上着が居間のソファに投げ出される。
「電気をつけて」
ぱ、と目が眩む。
蛍光灯に晒されて瞼をくしゃくしゃにしながら、すぐるはパックのままのたこ焼きに噛り付いた。
「冷えてる」
「分かってないな、冷めてぶよぶよになったのがうまいんじゃないか」
「そうかなあ…」
「そうだぞ」
ぱ、ぱ、ぱ、と居間、ダイニング、キッチンの順に明るくなっていく。光の後を追って、ソースの匂いが広がっていった。

覚え書き・≪初天神≫
初天神の日、男は息子の金坊を連れて参拝に出かける。出店で菓子をねだられるのが目に見えているので一人で行きたかったが、金坊が「連れて行かなきゃいたずらする」と泣くので仕方ない。
菓子や凧の出店にテンションが上がった金坊は、案の定「買って買って」と大騒ぎ。金坊が「今日は僕『あれ買って』って言わなくて偉いから、だからあれ買って」と屁理屈を言えば、男も負けずに「あの菓子には毒が入っているからだめ」などと屁理屈で応える。そこへ商品を買わせたい店員も割って入り、結局男は金坊に凧を買い与える。
渋い顔をしていた男だったが、凧上げの見本を見せるうち、童心に帰りハッスルする。金坊が操縦したがっても「凧なんて子どもの遊ぶものじゃない!」と譲らない。はしゃぐ父親に、金坊は「ちぇっ、こんなことなら親父を連れてきてやるんじゃなかったなァ」と呆れるのだった。
子どもは親がずっと大人で、ずっと自分にかかりきりで、自分が背を向けたら親の世界の殆どが大きく損なわれると信じていても、親の方では案外そうではないのかもしれません。

ごあいさつ
《はらだ有彩の東京23話》、最終話まで読んでくださってありがとうございました。
最初は「関西人の私が《東京23話》を書いていいのか!?」とどきどきしていましたが、どうせ東京から遠い場所に住んでいるのだから、いっそ現在の東京といつかの時代の東京との距離を混同してしまおうと、23区を舞台にした古典を「訳」ではなくリブートすることを思い立ちました。
古い物語や伝説のエッセンスを抽出してみると「案外、今でも私たち、似たようなことやってんなあ」と変わらなさに嫌になったりもするけれど、反対にふと自分のことが可愛くも思えてくる。そしてこれからもまあ、どうにかこの街でやっていくか、と暮らしていけますように。
2年間、本当にありがとうございました。 <はらだ有彩>


はらだ有彩

関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを作るテキストレーター。2014年から、テキストとイラストレーションをテキスタイルにして身につけるブランド《mon.you.moyo》を開始。2018年5月、日本の民話に登場する女の子の心情に寄り添う本『日本のヤバい女の子』(柏書房)刊行。「wezzy」「リノスタ」などウェブメディア、『文藝』『東京人』『装苑』など雑誌への寄稿。
◆はらだ有彩公式サイト:https://arisaharada.com/
◆Twitter :@hurry1116
◆Instagram :@arisa_harada
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書籍化された これまでの「東京23話」


加藤千恵の東京23話
幻冬舎文庫「この街でわたしたちは」



松田青子の東京23話
河出書房新社「東京 しるしのある風景」



山内マリコの東京23話
ポプラ社「東京23話」

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