<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(6)「赤い水」に涙止まらず

2021年2月2日 07時29分
 震災後、ガソリンはなかなか手に入らなかった。ラジオでは「外に出た服は燃やした方がいいでしょう」「屋外に行ったら髪と手と顔を洗いなさい」と言っていたが、断水で体を洗う水などなかった。和合亮一さん(52)は外出時に着た服は、家に入る前に全部ビニールに入れた。
 待望の水が出たのは、震災の一週間後。ほっとするが、水道の蛇口からはいつまでも赤い水が出続けた。風呂にたまり続ける紅の水をため息をつきながら抜き、浴槽を洗う。朝方から夕方まで水を出しても、変わらなかった。
 「一週間も私の汚れを着ている私」「7日間の私を着ているのです。きみは着たことがあるかい」
 ツイッターにこう記した。風呂に入れず一週間。髪はベタベタ。限界だった。精神的にも追い詰められていた。和合さんは風呂の壁を殴り、拳が痛くなって平手でたたき、駄々をこねるように風呂場の床で暴れ、大声で泣いた。それでも流れる水は赤かった。まだ水が出ない被災地もたくさんある、水が出ただけありがたいんだ、と思うが、悔しくて涙が止まらなかった。
 家を飛び出し、タクシーに乗る。運転手にぶちまけると「人間はあかで死にませんよ。元気出して」と励まされた。いつも行く温泉が、奇跡的に開いていた。久しぶりに見た湯気。せっけんもありがたかった。男の子が湯船で父親とふざけているのを見て、避難せずにいいのだろうかと思いながら、息子を思い出し寂しくなる。昨日は息子の小学校の卒業式のはずだった。
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