<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(7)息子との思い出 次々

2021年2月3日 06時51分
 久々に食料を買って福島市の教職員住宅に戻ると、放射線量や放射性セシウムについての注意書きが、掲示板に貼られていた。すぐには症状が出ない値。後から何か起こったら、その時に考えるしかないと、和合亮一さん(52)は覚悟する。
 事故から二週間がたとうとしていた。テレビでは、福島第一原発の原子炉内の温度が高いことや、福島県産や茨城県産の野菜が出荷制限されたと報道されていた。これでは山形に避難した息子は、帰ってこられないかもしれないと和合さんの心は沈んだ。
 息子の勉強机の上には、以前ねだられて渡した原稿用紙が、重ねて置いてあった。父親の姿を見てか、僕も物を書く人になりたいと言っていた。ちょっと笑って原稿用紙をめくると、面白そうな小説の書き出しが記されていた。最近読んでいた小説をまねているな、と一人で笑っているうちに悔しくなり、和合さんは目尻の涙を手でぬぐった。
 息子との思い出が次々と浮かんだ。ボウリングでストライクが決まりガッツポーズをする息子。にこにこして部屋に来たのに、仕事中で遊んでやれなかった息子。小さいころから、寂しい思いをさせてきたと思い起こす。当たり前にあった生活は戻らない。それでも、家族が帰ってくる日を和合さんは信じていた。
 小学校の卒業式があったはずの朝、息子に詩を書いた。ランドセルをしょった入学したときの姿が浮かんだ。目に入れても痛くない存在だった。卒業おめでとう、父は君を誇りに思う。電話で詩を読むと息子は黙って聞いていた。
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