不徳のいたすところ

2021年2月3日 06時58分
 五十一年ぶりに公の場に姿を現した新左翼党派・中核派の議長、清水丈夫さん(83)が一月下旬、記者会見を開いた。めったにない機会なので出かけた。聞きたいこともあった。
 昨秋、本欄で「内ゲバ」を取り上げたが、予想外の反響をいただいた。聞きたかったのはその関連だ。中核派はかつて対立する革マル派を「地上から一掃する」と主張し、二〇〇一年には勝利を宣言した。しかし、現在も革マル派は存在し、機関紙も出ている。争いをあおるつもりはないが、不可解だった。
 質問すると、清水さんは「(いまの革マル派は)死んでいるカクマルだ」と答えた。だから勝利だという。「死んでいる」とは暴力的に敵対しないという意味だそうだ。なんだか「大人の事情」がありそうだった。
 もう一つ、聞いた。清水さんは六〇年安保闘争世代で、傍らの書記長はかなり若そうだった。つまり「過激派」としての同派を支えた全共闘世代が壇上には見えなかった。いい悪いは別として、激烈な活動に体を張った世代から、なぜ後進が育たなかったのか。
 「不徳のいたすところです」。まるで政治家や企業幹部のようなせりふだった。八十代での一線復帰についても「仕方がない」。
 これも「大人の事情」が絡むのだろう。とはいえ、大人では務まらないのが「過激派」である。名や形こそ残ってはいるが、一つの組織が消えたように感じた。 (田原牧)

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