【動画あり】ピアニストが敬遠する難曲を弾きこなす「ミヒャエル・ナナサコフ」CDデビュー30周年

2021年2月5日 05時00分

ナナサコフの演奏を見守る七沢さん。激しい演奏で鍵盤が下がりっぱなしになる時などは手で戻して補助する=茨城県つくば市で

 技術的に困難なため演奏の機会に恵まれないピアノ曲ばかりをレパートリーに持つ異色のピアニスト「ミヒャエル・ナナサコフ」が、CDデビュー30周年を迎えた。1955年生まれで民族問題に揺れる祖国リトアニアから米国へ亡命した―との経歴だが、実はコンピューターと自動演奏ピアノを使ったバーチャル・ピアニストだ。プロデューサーのピアノ調律師七沢順一さん(63)は「私が聴きたい曲は誰も弾いてくれない。だから自分でやるしかない」と、一風変わった活動を続ける理由を語る。 (清水祐樹)

◆「生演奏」にこだわり綿密な作業

 誰も触れていないピアノの鍵盤が次々に上下し、華麗な音楽が流れる。演奏者は透明人間…ではなく、ナナサコフ。実際は七沢さんがコンピューターに入力したデータに基づき、自動演奏装置を取り付けたグランドピアノが動いている。
 コンピューターの音源でも、ピアノ演奏を模倣することはできる。それでも「生演奏」にこだわるのは、「ちゃんと空気が震えている音をとりたい」からだ。
 とはいえ、音楽として不自然でないように聴かせるには気が遠くなるような綿密な作業が求められる。
 コンピューターには、演奏を構成する全要素を「数値」で命令しなければならない。だが、楽譜の情報のうち客観的に数値化しやすいのは、音の高さと長さくらい。テンポや強弱は「アレグロ(速く)」「フォルテ(強く)」などと抽象的な言葉で示されているため、見当を付けて数値に変換するしかない。人間の演奏には楽譜に書かれていない「呼吸」もある。入力しては聴き、また修正して、の繰り返しだ。
 「情熱的に」「表情豊かに」といった感覚的な指示の表現にも努める。例えば、「ドルチェ(柔らかく、やさしく)」。人間のピアニストならそう聞こえる弾き方を経験的に知っているが、ナナサコフには数値で伝える必要がある。コンサートで実演を観察し、「音のタイミングと強弱で、このくらいがドルチェだろうというさじ加減を見つけていく」。

◆超絶技巧が要求される理想の演奏を聴きたくて

 ナナサコフのプロデュースを始めたのは1988年。きっかけは、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したポーランド(現在はリトアニアの地域)出身の作曲家・ピアニスト、ゴドフスキーに興味を持ったこと。圧倒的な超絶技巧が要求される作品群をまともに弾けるピアニストは当時、ほとんどいなかったが、何とか彼が意図した理想の演奏を聴きたいと考えた。思い立ったのがバーチャル・ピアニスト。「七沢」をもじり、好きな音楽家が多いロシア風の名を付けた。
 91年、約3年がかりでゴドフスキー編曲の「ショパンのエチュードによる53の練習曲」(抜粋)を自主制作でCD化。その後も、極端に速い指さばきを強いる超難曲で知られる19世紀フランスの作曲家アルカンら、従来のピアニストが敬遠してきたレパートリーを開拓していった。
 ピアノ2台で弾く曲を、1台ずつ別々に弾いて後でまとめる多重録音にも取り組む。今年1月には、15枚目のCD「マーラー 交響曲第5番(ピアノ2台用編曲)」を発売した。
 動画投稿サイト「ユーチューブ」で、ラフマニノフのピアノ協奏曲(ピアノ2台用編曲)をピアノ1台だけで演奏した動画を公開するなど、新たな試みも始めた。「あの世には何も持っていけないが、この世には置いていけるから」
 近年はピアニストの技量が向上し、ゴドフスキーやアルカンを弾きこなす若手も増えた。それでも、長いピアノ音楽の歴史には、正当に評価されず埋もれている難曲がまだある。ナナサコフの挑戦は続く。

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