本心<17>

2019年9月23日 02時00分

第二章 告白

 僕は、はりきっていた。初めての場所だったので、十分に下調べをして、プランを立てた。せっかくなら、母をアバターとしてではなく、手を引いて連れて行ってやりたい気持ちにもなったが、嬉(うれ)しいけど、それだと意味がないと笑われた。
 
 アバターになっている間は、話し相手になってほしい人もいれば、完全に自分の肉体であるかのように、ただ指示だけを出し、返事をされることさえ嫌がる人もいる。
 母も最初は、僕と同化して遠隔操作することを試みていたが、熱海(あたみ)で新幹線から特急に乗り換える時に、僕に注意を促した辺りから我慢できなくなったらしく、いつもの口調になった。しかし、いかにも言葉少なだった。
 車窓から眺めた伊豆半島の景色は、今ではもう、何度も遊んで印刷が擦れ、順番がバラバラになってしまったカードのようになっている。
 椰子(やし)の木が並び、海が見え、民家が視界を遮り、伊豆高原近くになると、深い緑の木々に覆われた。しかし、その通りに見たのではないだろう。
 近くに人が座っていたので、声を出して母と会話することは憚(はばか)られた。母もそれを承知していたが、晩春の光を浴びた海が煌(きら)めく先に、大島(おおしま)が見えた時には、思わず嘆声を漏らして、「ほら、見える?」と語りかけた。
 東京から、二時間近くかけて運ばれた母の沈黙が、今では僕の記憶に重たい荷物のような感触を残している。
 距離に換算される沈黙という考え方は、きっと正しいのだと思う。なぜなら、その一五六・八キロの間に、母のそれは、ゆっくりと変質していたであろうから。そして、母がその間、何を思っていたのかという僕の想像は、どれほど繰り返されようと、いかなる一瞬にも辿(たど)り着けないのだった。
 
 河津駅に着くと、バスで水垂(みずだれ)という停留所まで行き、そこからゆっくり山を下りつつ七つの滝を見ていった。一キロ半ほどの道のりだったが、途中で座って眺めたりと、一時間ほどかけたと思う。
 木製の階段や橋が設置されていて、案内も親切だった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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