無になることに憧れ 『遺言未満、』 作家・椎名誠さん(76)

2021年2月7日 07時00分

内海裕之撮影

 作家、カメラマン、映画監督、冒険家…。若い頃から幅広い分野で活躍してきた。そんなエネルギッシュな自由人が、七十代後半になり、どんな最期を迎えたいと願うのか。新著では、旅や読書で知った異国の葬送文化と日本の現状を対比させながら、今の自分が選んだ“身じまい”の方法を、具体的に示してみせた。
 八年前、死をテーマにしたエッセー集『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社)を出版した。その続きといえる雑誌連載をまとめ、コロナ禍への思いをつづった書き下ろしも収めた。大勢の死者の遺骨で作られた仏像、葬儀業界の見本市、イスラム教のモスク、ハイテク納骨堂など、取材先は多岐にわたる。
 結婚式と同じようにプロがテキパキと進める葬式や、土に還(かえ)らない墓石をシンボルにする埋葬など、形式的で人工的な日本式の弔いに、昔から疑問を持っていた。できれば近しい人だけで心のこもったお別れをし、自然に戻りたい。
 その気持ちは、思い出深い八丈島での海洋散骨という答えにたどり着く。「死後の大きな方針として目指すのは『行方不明』。遺(のこ)された人に迷惑を掛けたくないから」
 多才でさまざまな顔がある。本来の姿はどれか問うと、意外にも「理想の自分はよき父、よき夫。周りに喜ばれる善良な家庭人でありたい」とのこと。その思いと裏腹に、かつては世界を飛び回り、何カ月も消息不明にしたことがあった。「連れ合いに寂しい思いをさせたこと、今は後悔してます。でも、かわいい孫もいて恵まれた人生になった」としみじみ振り返る。
 新型コロナウイルスの流行で社会が一変し、執筆を始めた当初よりもずっと切実に死について考えるようになったという。「必ずしも死は怖くない。むしろ自分が無になることに憧れさえあって。でも、ウイルスは自分だけで完結しない。周りにどんな被害を及ぼすか分からないので、それが怖いんです」
 周囲では、同世代の仲間が次々と亡くなってゆく。先日も旧交を温めたばかりの友の訃報が届き、がくぜんとした。「できる限り皆と親しくし、助けたい。最近そう思うようになってね。死からくる自分の変容でしょう」
 好奇心の赴くままに生きたと語る人の今は、縁あって交わった他者への気配りに満ちている。
 集英社・一七六〇円。 (岡村淳司)

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