<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(10)喪失の中で感じた光

2021年2月6日 07時29分
 山形に避難していた妻と息子が福島に帰ってきた。和合亮一さん(52)は心配だったが、息子の気持ちを尊重したかった。震災から一カ月。その間に、福島を襲った余震は千回を超えた。小学校の卒業式はなかったが、中学の入学式は行われた。新入生の名前を呼んだ後、在校生が一斉に立ちベートーベンの「喜びの歌」を歌う。力強い歌声を聴き、未来は彼らがつくってくれると感じて涙があふれた。
 震災後、初めて相馬に行ってから、和合さんは浜通りに何度も通った。見渡す限りのがれきの海。見えない津波を常に感じた。失われた命、たくさんの悲しみや、絶望。胸の奥に鎮魂の思いが灯(とも)る。それは震災後、怒りと絶望感から、次々浮かぶ言葉を投げ続けた「詩の礫(つぶて)」とは対照的な、静かな気持ちだった。
 浜通りの海辺を歩きながら、気付くと雲間や光を探している自分がいた。亡くなった人たちに言葉をささげたい。それは祈りなのではないかと、和合さんは思った。
 小学校三年生のとき、一緒に暮らしていた大好きな祖父が亡くなった。悲しくてどうしたらいいのか分からなかった。僧侶の読む般若心経を耳で覚え、意味も分からないのに毎日、寝る前に祖母と唱えた。唱えた後、目の前が明るくなり、祖父への思いが昇華していく気がした。喪失の中で感じた光だった。
 死者への鎮魂と祈り。一カ月半、毎晩「詩ノ黙礼」の詩を書き続けた。言葉には力がある。死者への思いを追うほど、和合さんは生者の命や生きるエネルギーを感じた。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

関連キーワード


おすすめ情報

ふくしまの10年の新着

記事一覧