「本は楽しい」伝えたい デビュー30年 児童文学の名手・はやみねかおるさん(作家)

2021年2月6日 13時51分
 奇人の名探偵が活躍するミステリー『名探偵夢水清志郎』シリーズ(累計三百六十万部)をはじめ、児童文学の人気作をいくつも手がける作家はやみねかおるさん(56)。昨年はデビュー三十周年を迎え、集大成となる新作長編シリーズも始まった。子どもたちを楽しませ続ける名手を訪ねた。
 三重県大紀町の仕事場。窓の外に林が広がり、鹿や猿が時折顔を見せるそうだ。温かそうな半纏(はんてん)に身を包んだはやみねさんは、三十周年を「とにかく読者に感謝している。夢みたいにふわふわした気持ち」と形容した。笑顔にちゃめっ気を添える左頬の絆創膏(ばんそうこう)は、作家としてのトレードマーク。取材で人に会う時や、特に気合を入れて執筆する時に貼(は)るという。
 書棚には著作がずらりと並び、ファンからの贈り物もいっぱい。壁に宇都宮市の小学生代表が毎年最も友人に薦めたい児童文学を選ぶ「うつのみやこども賞」の表彰状が飾られていた。三十年以上続くこの賞に、最多の四回輝いている。
 人気は子どもにとどまらない。サイン会には親子二代や大人になった読者も訪れる。「お母さんが娘に薦めたり、逆に親が子に薦められたり。児童書の読者はいずれ『卒業』すると思っているが、『留年』するファンがいてくれる」と喜ぶ。
 三重県伊勢市出身。本好きの兄二人の影響で、推理小説を愛読する子ども時代を送った。「休みの前日は眠さの限界まで本を読み、寝るのが幸せだった」。三重大教育学部で学びながら推理作家を志すも、新人賞には落選続き。小学校の教師になるにあたり、夢を封印した。
 再び物語を紡ぐきっかけは教え子たちだった。授業時間が余ると、作家のショートショートを語り聞かせていた。そんな中、自作の物語を披露すると、返ってきたのは不評。「なら面白い話を作って聞かせよう」と火が付いた。反応を見ながら語るうち、盛り上げる力が磨かれた。
 ある日、低学年の間で流行した悪口をやめさせようと「悪口を盗む怪盗」を創作した。彼を主役に書きためた短編が講談社児童文学新人賞に入選し、一九九〇年刊行のデビュー作『怪盗道化師(ピエロ)』となった。
 十年ほど兼業で執筆した後、専業に。男子中学生コンビがさまざまな冒険をする『都会(まち)のトム&ソーヤ』シリーズ(累計百八十万部)、飛行船で世界を飛び回る美貌の怪盗を描く『怪盗クイーン』シリーズ(同百万部)など、個性的な主人公が活躍する物語を次々と送り出してきた。
 心がけるのはエンターテインメントとしての楽しさと、心への影響。「子どもが影響を受けない本ならば書く必要はない。だからこそ書くのは怖いし、覚悟がいる」。たとえはらはらさせる謎解きが軸でも、主人公たちは平和の尊さを語り、他者への思いやりの大切さを伝える。
 昨年七月にインターネット上で発表した「怪盗道化師」の新作も、大事なメッセージを込めた。コロナ禍で行事を奪われた小学生たちが、運動会実現のために話し合い、先生に提案する物語。「子どもは(危機を)突破するアイデアを自分たちで考えられるようになってほしいし、大人は思いを受け止めてほしい」
 児童文学を書き続けてきた作家ならではの気掛かりがある。「肌感覚として、三十年で読者の読解力は落ちた。昔は理解してもらえた描写が、今は通用せず、自分の文体も説明がくどくなった」。娯楽が多様になり、勉強や習い事で多忙な子どもたちは、本を手に取る時間が減っているように見えるという。「それでも本は楽しいと伝えたい。はやみねの本が入り口になれれば」
 昨年幕開けしたのが、これまでの集大成となる『赤い夢へようこそ』シリーズ。並行世界を渡り歩く主人公の少女と、夢水やクイーンら人気キャラクターたちが共演し、世界の謎に迫る壮大な物語だ。
 「ファンも初めての読者も、わくわくできる。六十五歳を定年とすると、あと九年ある」。まだまだ楽しませると約束するように、にかっと笑った。 (谷口大河)

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