本心<8>

2019年9月14日 02時00分

第一章 再生

 野崎が、二人を連れだって戻って来た。
 一人は、薄いピンクの半袖シャツを着た、四十前後の痩身(そうしん)の男性で、よく日焼けしているが、僕とは違い、長い休暇中に、ゆっくり時間をかけて焼いたらしい肌艶だった。
 もう一人は、紺のスーツを着て、眼鏡をかけた白髪交じりの小柄な男性だった。
「初めまして、代表の柏原(かしわばら)です。」
 日焼けした男の方が、白眼よりも更(さら)に白い歯を覗(のぞ)かせて腕を伸ばした。
 僕は握手に応じたが、ウィンド・サーフィンでもやっているんだろうか、といった眩(まぶ)しい想像を掻(か)き立てられた。例の「カンランシャ」という社名を考えたのは、この人だろう。
 続けて、隣の男性を紹介された。
「弊社でお手伝いいただいている中尾(なかお)さんです。」
「中尾です。どうぞ、よろしく。暑いですね、今日は。――お手伝いと言っても、ただここでお話しをさせていただくだけなのですが。」
 彼は、額に皺(しわ)を寄せて、柔和に破顔した。落ち着いた物腰だったが、こちらの人間性を見ているような、微(かす)かな圧力を感じさせる目だった。
 「お手伝い」というのがよくわからなかったが、僕と同じ V F (ヴァーチャル・フィギュア)の製作依頼者なのだろうかと考えた。
 同様に握手を求められたので、応じかけたが、その刹那に、ハッとして手を引っ込めた。実際には、それも間に合わず、僕は彼に触れ、しかも、その感触はなかったのだった。
「私は、VFなんです。実は四年前に、川で溺れて亡くなっています。私は、娘がこの会社に依頼して、製作してくれたんです。」
 僕は、口を半開きにして、物も言えずに立っていた。“本物そっくり”というのは、CGでも何でも、今では珍しくないが、中尾と名乗るこのVFは、何かが突き抜けていた。それが、僕の認知システムのどこを攻略したのかは、わからなかったが。
 誇張なしに、僕には彼が、本当に生きている人間にしか見えなかった。柏原と見比べても、質感にはまったく差異が感じられなかった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
※転載、複製を禁じます。

PR情報