福島・1泊2日高校生未来サミット 若者 農地救いたい

2019年10月19日 02時00分

近藤恵さん(右)の説明を聞きながら、削り取られた山や積み上げられた汚染土などの光景に息をのむ高校生たち=福島県飯舘村で

 福島県飯舘村。二〇一一年三月の福島第一原発の事故で、一時は全村避難をした村だ。
 一部を除いて避難指示は解除されたが、事故前の人口約六千五百人のうち帰村した人数は千三百人ほど。そんな傷痕が残る村に九月、一台の観光バスがやってきた。
 乗車しているのは福島県と大阪府の高校生二十二人ら。農業の復興に取り組む福島農民連産直農協が主宰した第二回高校生未来サミットのフィールドワークだ。
 「あの奇妙な形の山、なぜ、あんな姿になったのか、分かりますか」。講師役の近藤恵さん(40)が切り出した。指さす先には食べかけのケーキのように半分が削り取られ、地肌がむき出しになった山があった。
 「この静かで美しい村に原発事故で放射性物質が降り注ぎ、農地は汚染されました」。村人は、何とか農地を救いたいと表面の土を削り取り、代わりに山を崩して取った砂をまく道を選んだ。「削り取った豊かな土は汚染土として山積みにされ、代わりに自然の山が砂を取るために平らに削られました。なぜこんなむごいことになったのか。考えてみてください」
 高校生たちは目を丸くしてスマートフォンで撮影を始めた。一泊二日の研修プログラムの始まり。この後、高校生たちは出身地の違う仲間たちと意見を戦わせ、講師の言葉に耳を傾けた。悲惨な事故はなぜ起きたのか、二度と同じ経験をしないために何が必要か。柔らかな思考力で探り、未来を生きるために提言した姿の一端を紹介したい。 (編集委員・坂本充孝)

お米に放射性物質が含まれていないか安全確認する検査の現場を見る高校生たち。福島産米は全袋検査されていることを知らない生徒もいた=福島県相馬市で

◆真っすぐに見る語る

 高校生未来サミットのプログラムは、福島県飯舘村の太陽光発電や福島産の米の全袋検査などを視察した後、「再生エネルギー」「農業」「建築」「自然環境」のテーマに分かれ、提言をまとめた。
 一日目の討論会。県内から参加した高校一年戸川華恵さん(15)がマイクを握り、原発事故以降の八年あまりを語った。

◆いじめ被害に遭い

毅然(きぜん)とした話しぶりで原発事故後の経験を告白する戸川華恵さん=同県二本松市で

 自宅は原発から十キロの浪江町にあり、当時は小学一年生。家族で避難所を転々とし、仮設住宅の暮らしは五年以上に及んだ。行き先々の小中学校で「避難者は補償金をもらっている」「放射能を持ち込むな」といじめに遭った。仲の良かった友人にげた箱に「死ね」と書かれた。不登校になり、高校では避難者であることを隠し続けた。
 今年の夏、NPO法人の企画で二週間、環境問題を学ぶためドイツを旅し、自分の経験をスピーチした。大声で泣くと、ドイツ人の学生やホストファミリーが抱きしめてくれた。胸のつかえが取れ、解放されたように思った。
 今回は最後まで泣かずにスピーチができた。復興政策の現状については「前の浪江町に戻してほしい。県は言葉だけで行動がない」と真っすぐに批判した。「ドイツでは子どもも自分の意見を話し、大人は真剣に聞いていた。この国もそうなってほしい」。将来は自分の経験を世界へ伝えるため、英語の教師になりたいという。
 郡山市から参加した吉田幸希君(16)も岡山県への避難生活などを味わった。今、学校で原発や再生エネルギーを話題にすると変わり者のように見られるという。それでも、多くの高校生が環境の未来を語る「サイエンスカフェ」を計画中だ。「震災当時に小学校一年生前後だった僕らは、当時を覚えている最後の世代。語り継ぐ宿命を背負っている」

◆実践の人から学ぶ

 大阪から来た生徒も、福島の高校生たちに刺激を受けた。大阪府豊中市の冨田晟成(てるや)君(17)は園芸科の三年生。大学で農学部に進み、将来は大規模な農業をする夢を持っている。「原発事故のことを何も知らなかった。福島の人たちがどれほど苦しんだか知らなかったのが恥ずかしい。もっと勉強して役に立ちたい」と正直に話す。
 高校生未来サミットは、福島県農民連が震災前から大阪へ産直米を届けていたつながりから、始まった。吹田市の米穀店経営の常本泰志さん(42)、安全な食料を求める地域運動のリーダー水木千代美さん(51)らが参加者を公募。参加費五千円の安さ以上に「被災地を見たい」との若い好奇心が、若者の参加動機になったようだ。
 「普通の大阪の子は、福島の問題を含めた社会のことに興味はない。この子たちは宝です」と水木さん。自身が第二子を先天性の病で失い、その経験から食の安全に関心を持った。子どもたちには福島で力を尽くす大人たちに会って学んでほしいという。
 それだけに講師役を託された人は、いずれも実践の人だ。
 切り崩された山の前で講師を務めた近藤恵さんは東京出身で大学を卒業後、農業に憧れて福島に移住。悪戦苦闘の末に農業を軌道に乗せるが、八年目に原発事故に見舞われる。農業を諦め、電気の地産地消を目指した村民出資の「飯舘電力」に入社、現在は独立して太陽光発電の普及などに取り組んでいる。

◆「国が被害補償を」

被災地を巡るプログラムを終え、再生エネルギーの利用・普及を提言する高校生たち=福島市で

 農業のテーマで講師を担当した斎藤康之さん(49)は、福島市で親から継いだ果樹農園を経営してきた。二十八歳になる双子の娘さんに知的障がいがあり、農業と福祉との連携を模索している。「障がい者の雇用や住む場所などを農業を通じて生み出せないか。それをライフワークにしたい」と話す。
 北海道出身でいわき市にIターンし、建築設計・デザインの会社を経営する北瀬幹哉さん(47)は、食と農の魅力を伝える行事や体験イベントなどを主催している。谷咲月(さつき)さん(36)は、帰還困難区域の中で被ばく牛を生かすプロジェクトを展開中。「勇気を持って前に進めば何とかなります」と若者たちにエールを送る。
 福島県農民連の佐々木健洋さん(43)は、大阪から参加者を募集する文章に「放射線の高い場所は視察先に含まれていません」と添えた。一方、大阪で募集を担当した水木さんは「健康被害を心配する親御さんの声はなかった。(関西では)福島への関心自体が低くなっているのかも」。
 二日目の午後、高校生たちはグループごとに福島の未来への提言をまとめた。自然環境チームは、子どもや被災者が笑顔で暮らせる環境をつくるために「安心」「継続」「伝える」が大切とした。特に前の二つが今の福島には欠けているという意味だという。
 「放射線の影響など情報が十分でなく安心できない。復興といえば東京五輪、では五輪後のPR手段がなくなる。農業被害はすべて国が補償すべきだ」と高校生たち。「自分たちの体験をSNS(会員制交流サイト)などで世界に伝える努力を続けたい」とも。こうした若い率直な意見に耳を傾けることができるか。この国の度量の大きさが試されている。 (文、写真・坂本充孝)

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