東京・調布「キートス」 青少年をサポート ここは、ぼくらの家

2019年9月21日 02時00分

子どもたちと夕飯を食べる白旗眞生さん(中)=東京都調布市のキートスで

 コンクリートの急な階段を上がった先、ドアの前にシゲ(26)はいた。昨夜、言い争いになって「もう来ない」と飛び出したばかりだった。気まずさを押し殺して手を伸ばし、ドアを引いた。
 「あ、シゲだ。おかえりー」
 普段と変わらない、温かい声。知っている顔。シゲは、いつものように口を広げて笑った。
 「うん、ただいま」
 東京都調布市の甲州街道沿いにある小さなマンションの二階。十~二十代の青少年に居場所を提供するNPO法人「Kiitos(キートス)」の部屋がある。
 不登校、ネグレクト、発達障害、家庭崩壊、貧困…。やってくる子どもたちの背景はさまざまで、複雑だ。
 「みんな何かの理由で、生きづらさを抱えている。ここはそんな彼らが、傷ついた羽を休める“止まり木”なんです」。代表の白旗眞生(まき)さん(69)は語る。
 一度でも登録すれば、出入りは自由。予約もお金もいらない。ゲームやおしゃべりをしたり、部屋の片隅で毛布をかぶって寝入ったり。家のように好きなことをして過ごす。昼と夜は一緒に温かい食事をとる。3LDKの部屋は毎日、十人以上の若者でいっぱいだ。
 シゲは中学のころ、学校に行けなくなった。家に閉じこもりがちになり、両親を何度も殴った。親に警察を呼ばれたこともある。そんな生活が十年も続いた。
 キートスに来たのは今年三月。「いつでもおいで」。白旗さんの言葉に「こんな自分でもいいんだ」と救われた。「自立したい」。そんな思いを胸に、今夏、一人暮らしを始めた。

漫画を読んだりコンピューターゲームをしたり、フリースペースでくつろぐ子どもたち

◆安心できる居場所

 ごみ屋敷の自宅でコンビニのおにぎりを食べていた少年、虐待に耐えてやっと逃れてきた少女、親が再婚し疎外感に悩む中学生-。キートスには、さまざまな事情を抱えた若者たちがやってくる。登録者は三百人超。行政の紹介でたどり着く子も多い。
 共通しているのは、どこにも居場所がない現実。キートスという安心できる“家”を見つけ、“家庭”のぬくもりを味わい、信頼できる人に会うことで、未来に踏み出すきっかけをつかんでいく。
 「利用者兼ボランティアとして通ってみたら?」
 半年前、初めてキートスに来たシゲに、白旗眞生さんはそう声を掛けた。あなたは価値のない人間なんかじゃない。そう伝えたかった。長く続くシゲオの家庭内暴力に、両親からは「この子を殺して、自分たちも死ぬしかない」と打ち明けられていた。
 暴力は、キートスに来て、ぱたりと止まった。「ここの、みんながいるから」とシゲは語る。七月から一人暮らしも始めた。人との付き合いは苦手で、うまくいかないことは多い。最近もお金の使い方を巡って白旗さんと口論になった。それでも白旗さんは根気よく付き合う。「一歩ずつ、一歩ずつ。今まで苦しんできて、ここからようやく始まるんだから」
 白旗さんがキートスを開設したのは二〇一〇年。もともと調布市にあった児童館の相談員で、中高生の悩みに向き合っていた。制度上、支援は十八歳まで。「この子たちは、どうなるんだろう」。行き先が気になり、携帯電話の番号を伝えた。
 電話は鳴った。そのたびに近くのファミリーレストランで何時間も話を聞いた。「居場所をつくらなきゃ」。二百万円の資金を元手に、1Kの部屋を借りた。子どもの数はどんどん増えた。五度の引っ越しを経て、一七年に今の場所にたどり着いた。

テーブルに並べられた夕飯のメニュー

◆心癒やす家庭の味

 マイタケの天ぷら、豆の甘煮、大根のみそ汁、ごはん-。午後六時すぎ、キートスの食卓に夕食が並んだ。「やった、天ぷらだ」「豪華じゃん」。子どもたちの歓声が上がる中、リコ(19)はニコニコ顔で料理を見回した。
 「こんなちゃんとした食事、うちじゃ食べたことないから。それが普通だと思ってたし」。夕食の後、リコが話しだした。
 小学生で両親が離婚。母親はほとんど家事をせず、子育てに興味を示さなくなった。食事が一週間、そうめんだけのこともあった。
 中学までは友達が多く、勉強もできる優等生。高校に入ると慣れない環境もあり、心身のバランスを一気に崩した。入退院を繰り返し、高校を退学。昨年七月からキートスに通う。「ここには、自分のことを聞いてくれる人がいる。それが何よりもうれしい」
 キートスの運営費は年約八百万円。調布市の補助金百八十万円を受け取り、残りは寄付で賄う。日々の運営を支えるのは、約六十人のボランティアだ。石川タミ子さん(69)は水曜日の食事担当の一人。キートスに来て八年目。「ここは、みんなの家。私も二度目の子育てをしている感じ」
 元塾講師の長谷川美歩さん(63)は学習支援の担当。一二年から希望する子どもに英語を教えている。「彼らが一歩踏みだそうという時に、ちょっとでも力になれたらいいかなって」
 長谷川さんの元に最近、リコがやってくるようになった。十一月の高卒認定試験の勉強のためだ。合格したら大学か専門学校に通いたいという。「デザイナーでしょ、マッサージ師、公務員もいいな。やりたいことありすぎて時間が足りない」。リコの声が弾んだ。

学習支援ボランティアの長谷川美歩さん(右)に英語を教わるリコ=いずれも東京都調布市で

◆携帯電話にSOS

 みんながご飯を終えたころ、「たまちゃん」が帰ってきた。ボランティアの富山雅美さん(30)=顔写真=だ。子どもたちと年齢が近く、愛称で呼ばれている。
 「たまちゃん」は中学でいじめに遭い、不登校になった。フリースクールを経て、三年遅れで高校進学。大学で福祉を学び、今は私立中のスクールソーシャルワーカーとして働く。キートスには毎日、仕事を終えてやってくる。「居場所があるって本当に大事。私もそうだったから」
 トゥルルルルルル-。
 白旗さんの携帯電話が鳴った。
 「ばあちゃん、迎えに来れる?」。電話から女の子の声が漏れる。
 キートスは週五日、午前十一時から夜遅くまで開いているが、白旗さんは二十四時間、携帯電話を手放さない。いつSOSが来るか、分からないからだ。
 若者を救う魔法の一手があるわけではない。連絡が取れなくなったり、トラブルを繰り返す子もいる。立ち直りのきっかけをつかむのに何年もかかる場合もある。それでも一人一人に寄り添い、何が必要か悩み続け、向き合う。
 「今の日本には、こういう子たちを支える仕組みが整っていない。そのまま十八歳を迎え、社会から取り残されてしまう」と白旗さん。「みんな、居場所がなくて一人で苦しんできた。せめて、ここが安心できる家になってほしい」
 ふと中学二年になる男の子が、近づいてきた。
「ぼく、ここ好きだよ」
 きょとんとしたその表情に、白旗さんが大声で笑う。
 「あら、ありがとう。優しいねえ」 (文・岡本太/写真・岡本太、市川和宏)

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