広島・犬シェルター 小さな命 全て救う

2019年5月18日 02時00分

殺処分施設から保護した子犬たちに囲まれ、笑顔を見せる大西健丞さん

 新緑の芝生を駆け抜ける。激しく収縮する筋肉と、荒い息遣い。小さな命が確かに鼓動していた。
 「みんなヘトヘトになるまで走り回ってますよ」。広さ七千平方メートルにわたるドッグランで走る犬を見ながら、NPO法人「ピースウィンズ・ジャパン」の大西健丞(けんすけ)代表(51)が目を細めた。
 広島県の山間部に位置する神石高原(じんせきこうげん)町。標高七百メートルの山あいに、ピースウィンズが運営する犬のシェルターがある。岡山県の同様の施設と合わせて二千八百匹が暮らす。飼い主から捨てられたり、野山で捕獲されたり。本来なら殺処分されていた命だ。
 県で殺処分対象になった犬をすべて受け入れ、譲渡先も探す。民間団体による前例のない取り組みで、かつて全国ワーストだった広島県の殺処分数は二〇一六年度から三年連続で「ゼロ」を達成している。
 シェルターの運営費は年間十億円。ほとんどが会費と寄付金だ。なぜ一つのNPOに巨額の資金が集まるのか。理由は大西さんの特異な経歴にある。
 一九九六年にピースウィンズを立ち上げ、イラクやコソボの紛争地で難民を支援。国内の非政府組織(NGO)活動の道を切り開いた存在で、アフガニスタンの復興支援を巡り外務省と対立して注目を集めたこともある。
 しかし同時に無力感もあった。「紛争地では資金に限りがあり、助かりやすい人から支援した。命を選別するのが、地面の砂をかきむしるような思いだった」。そんな時、国内で捨てられる犬の残酷な現実を目の当たりにした。

2000匹以上の保護犬それぞれに名前が付いている。スタッフが犬の性格を見ながら必要な飼育、訓練に努める。新たな飼い主と巡り合うために

◆経費は年10億円

 決死のメッセージだったのだろうか。「ピースウィンズ・ジャパン」代表の大西健丞さんが広島県の殺処分施設を見学した際、壁に刺さった小片をみつけた。
 「生の爪でした」。身が震えた。職員に聞くと、二酸化炭素が室内に注入され、犬は十数分間もだえ苦しんで死んでいくという。二〇一一年のことだ。
 施設には、被災地支援活動に同行する救助犬の候補を探しに来ていた。しかし、それでは数匹しか救えない。命の線引きをした難民支援が頭に浮かんだ。「犬だけでも自分の力で全部を救いたい」と決意が芽生えた。
 自らの知名度と資金集めのノウハウを注ぎこみ、個人支援者や企業から六億円の出資を得た。シェルターの用地として目をつけたのは、客足が遠のき廃れていた神石高原町のキャンプ場。地域再生に悩む町から安価で土地を借り受け、犬舎やドッグランを建てた。二畳の部屋が一列に並び、それぞれが屋外の庭やドッグランに連結する造りは、保護犬の先進国ドイツを参考にした。
 「殺処分ゼロ」を目標とする自治体は全国で四十二あるが、感染症やかみ癖のある犬は対象外という自治体も少なくない。すべてを受け入れるピースウィンズでは獣医師が病気の犬を治療し、スタッフが気性の荒い犬を一からしつけ直す。東京や神奈川、広島など全国七カ所に譲渡センターを設け、人になつくようになった犬を希望者に引き渡している。
 年間十億円の運営費による殺処分ゼロの取り組み。ただ、その評価は称賛ばかりではなかった。

保護犬の犬舎、訓練施設やドッグランなどがある「ピースウィンズ・ジャパン」=いずれも広島県神石高原町で

◆保護対象が激増

 「想定が甘かった」。大西さんの悔いは今も消えない。一六年に全頭引き取りをスタートさせた後、早々と苦境に陥った。
 一五年度の県の殺処分は約八百匹。これを基に年間千匹を受け入れられる体制で臨んだが、一六年度に千四百匹、一七年度に千八百匹と県から引き取る犬が急増した。県の担当者も「殺されないと知って、保健所への持ち込みが増えたのでは」と驚いた。
 ピースウィンズはその全てを受け入れたため、五匹を入れる部屋に保護犬が八匹、十匹と増えた。病死やけがが多くなり、獣医師のケアが追いつかない。そして昨年十一月、二十五匹に狂犬病の予防注射を打たなかったとして、県警に書類送検された。
 週刊誌やインターネットで猛烈な批判にさらされ、予定されていた五億円の銀行融資が中止された。大西さんは支援者や企業への資金集めに奔走し、犬舎の増築やスタッフの増員で窮地を何とかしのいだ。
 今も愛護団体から、過密な施設の環境で保護犬を死なせたとして刑事告発されているが、大西さんは「逃げるのは簡単だが、犬たちを見殺しにできない」と信念を貫く。一八年度の保護犬は千五百匹に減った一方、譲渡数は前年度から倍の七百匹に増加。再建の兆しは見えた。
 殺処分ゼロを目指す自治体の多くは、広島県と同じように民間の善意に頼っているのが実情。NPOがやむにやまれずに引き取った結果、飼育環境が劣悪になる例も相次ぐ。
 問題の根源は、ペットブームに乗って次々に子犬を産ませて売る業者や、ペットを手放す飼い主、安易に殺処分する行政…。大西さんは「われわれも完璧ではなかった」と反省しつつも社会に訴える。「人間の都合で殺されていく命に目をつぶっていいのか。一人一人ができることを考えてほしい」

◆第二の犬生歩む

 ピースウィンズに保護された犬たちは、さまざまな場所で第二の暮らしを歩んでいる。
 岡山県早島町の本山浩治さん(47)宅で暮らす二歳のテンは、捕獲された野犬のおなかの中にいて、シェルターで生まれた。
 「一頭でも命を救えればと思って、保護犬を飼うことにした。最初からお利口さん。職員さんがしっかり飼育してくれたんでしょう」と本山さんは感謝する。三人の子どももテンの境遇を知った上で飼っており、長女のさくらちゃん(11)は「ちゃんと育てなきゃ」と心に誓った。

「ピースウィンズ・ジャパン」に保護され、本山さん一家に譲渡された犬のテン=岡山県早島町で

 子犬の時に保護された夢之丞(ゆめのすけ)(八歳)は、ピースウィンズのレスキュー部隊と出動する災害救助犬になった。一四年の広島土砂災害を皮切りに国内外で出動し、行方不明者の遺体を何度も見つけてきた。
 現在は購入した三匹を含めて救助犬は五匹。週一回、施設内で訓練し、がれきやコンテナの間に隠れた職員の場所を見つけると、「ワン」と鳴く練習をする。
 今後は生存者を発見することも目標。被災地に同行する西香(にしかおり)さん(23)は「救助犬が示したわずかな反応を逃さないようにしたい」と日夜、訓練に熱を入れている。
 糖尿病患者の体内から分泌される成分の臭いをかぎ分け、生命の危機につながる血糖値の低下を飼い主に知らせる「アラート犬」も育成中。一方で年老いたり、病気を持っていたりして飼い手のつかない犬たちは終生、シェルターで世話をする。
 運営スタッフの安倍誠さん(34)は「一匹、一匹、どうしたら幸せに生きられるかを考え、最善を尽くしていきたい」と、駆け寄る犬たちを順番になでた。 (文・原田遼/写真・中西祥子、原田遼)

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