街の記憶装置 銅人形 立川の造形作家、全国に作品300点

2021年2月8日 07時09分

立川市の工房で銅人形を作る赤川政由さん 

 立川市で約五十年、銅板を使った人形を作り続ける銅板造形作家がいる。赤川政由(まさよし)さん(69)だ。全国各地に三百点以上の作品が設置されている。時間がたっても朽ちない銅の素材を生かした人形は、それぞれの街の歴史や文化を記憶し続けている。
 かつて米軍立川基地の米兵が暮らした住宅街の面影を残す「米軍ハウス」(同市高松町)に、赤川さんの工房「BONZE(ボンズ)工房」はある。大分県日出(ひじ)町の神社で祖父に育てられ「お宮のボンボン」と呼ばれた。幼少時のあだ名を工房の名前に引いたのは「少年のようにきれいな目でものを見ていたいという意味を込めたんだよ」と説明する。
 幼い時から物作りが好きで、神社の建築や造形物をよく見ていた。もともと銅板画を描いていた赤川さんが、銅人形を作るようになったのは二十二歳の時。妻で造形家の故さとうそのこさんの作る人形に触発された。銅人形はすぐに評判を呼び、テレビに出演したり、個展を開いたりするようになった。

滋賀県高島市のガリバー像と記念撮影をする赤川さん

 転機は三十三歳。滋賀県高島町(当時、現高島市)から、琵琶湖の近くにあるガリバー青少年旅行村のシンボルとして、高さ七メートルのガリバー像の依頼が来た。構想のために一カ月スペインを旅し、街角にあるさまざまなアート作品を目にした。「文化的な作品は町への愛着につながる。日本の街角にもこういうものがあるべきだ。自分がその世界をつくっていこう」と“開眼”した。
 その後、各地から銅人形の依頼が相次いだ。依頼主は行政や市民などさまざまで、設置場所は北海道から九州まで。二〇〇一年にJR立川駅北口に設置された「風に向かって」は、少年が飛行機の模型を掲げている。一九三一年に立川飛行場で整備された後、青森県から米国本土に世界初の太平洋無着陸横断飛行を成功させた「ミス・ビードル号」だ。「地元の人もあまり知らない事実を後世に記憶装置として残したい」との思いで作った。
 女性が両手でラッパを持ち上げる「ガイアの復活」は、東日本大震災の津波で被災し、使えなくなった仙台市の東北高校の楽器を使った。一度は命を失った楽器をオブジェとしてよみがえらせることで、大地がまた再生するようにとの思いを込めた。同高校に今も設置されている。

JR立川駅北口にある「風に向かって」

東日本大震災で被災した楽器を使った「ガイアの復活」

 今取り組んでいるのは、今年七月に立川市の商業施設「グリーンスプリングス」に設置予定の銅人形。旧米軍立川基地跡にある三本のプラタナスの木が、市民運動で伐採されずに保存された歴史をモチーフにするという。「街に誇りを持てるように古き良きものが残るようにしたい」
 作品作りでは「ぬくもり」「癒やし」「育み」を大切にしている。「街の思いや歴史を入れて作るから、作品が生き続ける。作品を通して子どもたちにメッセージを残したい。楽しい、すてき、そういう喜びを与える人形を日本中に作っていきたい」とほほ笑んだ。

愛知県半田市役所前にある時計塔「南吉さんのお話の木」。同市出身の童話作家新美南吉の作品がモチーフ

 銅人形の写真は、「ガイアの復活」が音楽プロデューサーしおみえりこさん、その他は写真家・大隅孝之さん提供
 文と写真・竹谷直子
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