<トヨザキが読む!豊﨑由美>高原英理 澁澤と種村を継ぐ幻視者 80年代サブカルが残した叡智

2021年2月8日 07時25分

観念結晶大系 書肆侃侃房・2750円

 一九八〇年代のサブカルくそ野郎(トヨザキによる自嘲と愛着を兼ねた呼称)の心の師匠は、澁澤龍彦(しぶさわたつひこ)と種村季弘。錬金術、贋作(がんさく)、鉱物、グノーシス主義、ユートピア、両性具有など、目眩(めまい)を起こしそうなほどの博学とディレッタンティズムに、憧れを募らせたものではありました。その正嫡というべき小説家が高原英理なのです。
 夭折(ようせつ)した天才詩人の足跡を描いた『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』(立東舎)で八〇年代のサブカルの光景を生き生きと立ち上げた高原が、最新作『観念結晶大系』で描くのは、澁澤や種村が当時の若者に伝えようとした叡智(えいち)そのものです。

歌人紫宮透の短くはるかな生涯 立東舎・1980円

 十二世紀、予言者として知られた聖ヒルデガルト。一九八二年、学習塾の教え子から<中心に至高の結晶、バルザムシュタインが無限に届く光を放つ>世界<ヴンダーヴェルト>を観(み)る術を伝授される荒瀬正樹。六六年、ブルックナーの楽曲を理解したのをきっかけに、ピアニストの道を捨て、<過ちの多い世界を一気に変革するクリスタリジーレンの法>を伝え、<限られたある種の人間の心の中に結晶を育てるための>使徒となる笹岡龍太郎。十六世紀、偉大なる錬金術師から使命を与えられる両性具有のエンノイア。
 ニーチェやユング、ノヴァーリスといった実在の人物と架空の人物のエピソードを交えながら、それぞれがそれぞれの道筋で、今ここにある世界ではなく<いつの時代にも人間文化のどこかにあった彼岸への憧れ、硬く不変のものへの憧れ>を実現した世界に肉薄していくさまを描く第一部「物質の時代」。
 彼らが幻視したヴンダーヴェルトという内宇宙ともいうべき異世界の成り立ちと盛衰をきめ細かに紹介する第二部「精神の時代」を経て、物語は人体が石化する病の罹患(りかん)者をフィーチャーした二〇二〇年代が舞台の第三部「魂の時代」へと進み、遥(はる)か遠い未来像を提示する「終章」で幕を閉じます。
 最初のうちは未知の言葉や概念が頻出してとまどうかもしれませんが、気にせず読み進めていけば、第一部のエピソードの数々が第三部でつながりを明確にしていくので、その頃にはあなたもいっぱしの<クリスタリジーレナー(結晶化させる者)>になっていること必至です。
 これは奇書にして希書。幻視者・高原英理を生み出したのだとすれば、「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」と揶揄(やゆ)されることも多い八〇年代というサブカルの時代にも意味があったというべきなのです。
<とよざき・ゆみ> 1961年生まれのライター・書評家。「週刊新潮」「婦人公論」などさまざまな媒体に連載を持つ。主な著書に『ガタスタ屋の矜持(きょうじ)』『まるでダメ男じゃん!』『ニッポンの書評』、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(共著)、『石原慎太郎を読んでみた』(同)など。
 *次回は3月29日掲載予定です。

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