生活保護は権利 利用妨げる壁取り除け

2021年2月8日 07時38分
 新型コロナ下の生活支援について、菅義偉首相が「最終的には生活保護がある」と発言した。生活保護の利用は国民の権利である。「最終的」ではなく、困窮時に迷わず使える制度こそ必要だ。
 政府の統計によると、昨年の完全失業率は十一年ぶりに上昇した。自殺者の数も十一年ぶりに増え、特に女性の増加が目立った。コロナ禍が医療や介護、飲食業など女性の非正規労働者が多い業種を直撃していることと無縁ではない。
 こうした中、就労意欲とは無関係に仕事や住まいを失った人は少なくない。公の救済策が求められるが、自助の必要性を訴える菅首相は国会で定額給付金の再支給を拒んだうえ「政府には最終的には生活保護という…」と答弁した。
 生活保護に至る以前の公的支援の乏しさも問題だが、生活保護を最後の命綱と位置付ける考え方には違和感を抱かざるを得ない。
 生活保護の利用は「すべての国民に健康で文化的な生活」を保障する憲法二五条に基づいた国民の権利である。困窮の理由を問われることなく、生活再建に生かすための制度にほかならない。
 だが、生活保護基準を下回る経済状況にありながら受給している世帯は二割強にとどまる。路上に投げ出された人びとですら「受けたくない」と話す人が多い。
 背景には受給者に対する偏見がある。自己責任論が広がり、支給を権利ではなく、施しのようにみなす風潮がある。そうした偏見が申請をためらわせ、ときに生命すら奪っている。政府は「最終的」と言わず、深刻な事態に陥らないように制度の活用を促進すべきではないか。
 厚生労働省は昨年末、ホームページに生活保護申請を促す一文を載せた。この姿勢は評価したい。
 だが、申請現場では依然、多くの壁がある。その一つが申請者の親族に援助の可否を尋ねる扶養照会だ。援助が可能だったケースは2%に満たないが、親族に生活苦を知られるのが苦痛で、申請をためらう例は多い。田村憲久厚労相は弾力的な運用方針を示したが、現場に浸透させてほしい。
 ほかにも劣悪な無料低額宿泊所への入居や、生活に必要な自動車の所有放棄を申請条件にした例もある。改善の余地は少なくない。
 そもそも、政府には公的支援の情報を困窮者に積極的に届ける姿勢が欠けていないか。コロナ禍のいまこそ、やさしい社会への転換に尽力してほしい。      

関連キーワード

PR情報