人身事故ともに考えたい

2021年2月8日 07時32分
 コロナで在宅勤務が増え、外出も控えている。それなのに今年すでに二回、人身事故で、帰路の電車が止まるケースに遭遇した。
 一度目は、自宅まであと三駅のところ。運行再開まで一時間以上かかるというので、タクシーに乗った。深夜料金も加わって三千円以上払った。途中の車窓からは、消防車両とパトカーが連なるのが見えた。
 二度目は、まだ家まで遠かったので、車内で立ったまま本を読んで再開を待った。再開は遅れに遅れ、家に着いたのは午前零時半すぎ。職場を出て三時間たっていた。
 疲れた体を湯船に沈めて、ぼーっと考えた。三千円と三時間。これは何の代償なんだろう。どちらの事故も誰かの自殺だった。
 コロナ禍の昨年、自殺者は十一年ぶりに前年より増えた。通勤に使う鉄道でも、自殺とみられる事故は実際に増えたという。背景はもちろん単純ではないが、心理的、経済的に追いつめられる人は、たしかに増えていると感じる。
 誰かが命を絶つ時、救えなかった社会、その一員である自分にも、何か責任があるのではないか。費やしたお金と時間の意味を考えるほど、そんな気がしている。
 責任というと重すぎるかもしれない。悲しい犠牲を一つでも減らすために、私に何ができるのだろうか。これを読むあなたとともに考えたい。 (小嶋麻友美)

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