<ふくしまの10年・詩が生まれるとき>(11)午前零時よ、来るな

2021年2月9日 07時23分
 震災後の一カ月で、和合亮一さん(52)が福島市の教職員住宅の窓を開けたのは一度だけ。少し開けてすぐ閉めた。「窓を開けてはいけない」「雪や雨に触れないように」と言われていた。窓を開けずに見上げる空。ふと草野心平さんの「何んたる声をたてたい吸ひ込む空」という詩の一片が浮かぶ。放射能への不安がなかった時代の詩人の美しい言葉を思い、ツイートする。
 「外で、空気を『吸ひ込む』ことなぞ、出来やしないのです。放射能」
 浜通りに通う和合さんの心には、依然として黒い津波が押し寄せていた。海沿いで流されて跡形もない家。がれきを前にぼうぜんとする人たち。悲しい家族の話をたくさん聞いた。生きていてくださいと心の中で祈った。浜に流れ着いた遺体は高校の体育館に安置されていた。原発から十キロ圏内では、津波の行方不明者の捜索が始まったばかり。どう魂を鎮めたらいいのか。毎晩不眠に悩まされた。
 二十キロ圏外の福島県飯舘村全域や、和合さんの母親の故郷・川俣町の一部に避難指示が出た。飯舘には多くの知人がいた。住民がどれだけ村を愛しているか。避難計画は「身を切れ」という命令だと思った。自分たちに何の罪があるのか。避難区域が近づいてくるのを感じた。
 二〇一一年四月二十二日、二十キロ圏内が警戒区域に指定された。故郷に許可なく入れないとはどういうことなのか。住民の故郷が失われる時、和合さんは投稿した。
 午前零時よ、来るな。
 午前零時が、来た。 
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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