「鈴木王国(スズキングダム)」が浜松にあった 市長も社長も 人口の8割「鈴木さん」の地区も

2020年1月10日 11時34分

 鈴木姓が8割を占める権現地区(中央部)=浜松市西区篠原町で、本社ヘリ「あさづる」から

 浜松市には鈴木さんが多い。市長も、市を代表する企業「スズキ」のトップも鈴木さんだが、中でも「住民の8割超が鈴木姓という地区がある」と聞いた。正直あまり名字に愛着はないが、鈴木の端くれとして行かないわけにはいくまい。スズキ車に乗って、いざ「鈴木王国」へ。(鈴木凜平)

◆親しくなくても下の名前で呼び合う

 JR東海道線高塚駅から西へ二キロほど、浜松市西区篠原町の「権現」地区。タマネギ畑に接する住宅街は軽乗用車「ワゴンR」がやっと通れるほどの狭い道が編み目のように走る。表札を見て歩くと、なるほど「鈴木」ばかり。約五十軒中、四十軒余りが鈴木姓らしい。
 「山田」から姓を変え、旧雄踏町(同市西区)から嫁いできた鈴木八重子さん(67)は「なんでこんなに多いの」と驚いたという。周りは皆、同姓だから親しくなくても名前で呼び合う。「幼い頃からそうだから違和感なかったけど」と夫で農家の健さん(68)。

◆起源は鎌倉時代

 八重子さんの疑問に答える文書が近くの保泉寺にあった。代々、寺に受け継がれてきた「元祖由来秘書」によると起源は鎌倉時代までさかのぼる。
 鈴木姓の発祥の地とされる熊野(和歌山県海南市)の武将鈴木重家が、源頼朝に追われる義経を助けるため奥州に向かう途中、行方知れずとなった。妻は息子を連れて夫を捜しに旅立ったが、橋本宿(静岡県湖西市)で夫が切腹して果てた、との知らせを聞く。途方に暮れていたところ、人々に温かいもてなしを受け、そのままとどまった。やがて子孫が居を移し、根を下ろしたのが権現地区の辺りだった―という。地元公民館の文化誌は、明治になって庶民の名字が義務化された際、権現地区をはじめ篠原町ではほとんどの人が鈴木姓を選んだ、とする。
 発祥の地の海南市では現在、鈴木姓が人口に占める割合(鈴木率)は0・3%未満で、広報担当者は「全国に飛び立ったまま戻ってこなかったのではないか」と話す。
 それに対し、浜松市の鈴木率は権現地区で八割、篠原町では三割、市全体でも7%に達する。権現地区は戦後の再開発とも無縁で、古い家や街並みが今も残るが、遠州の風土や人情、人がとどまりやすい居心地の良さが高い鈴木率の背景にありそうだ。

◆「浜松鈴木さん楽会」結成

 「これだけ鈴木さんがいるのだから交流したい」と思った権現地区出身の鈴木建也さん(59)は二〇一〇年、「浜松鈴木さん楽会」を結成。海南市での「全国鈴木サミット」に参加したり、全国の鈴木さんとの交流イベントを開いたりしてきた。「平凡に思える名字だが、それだけ広がりがあるということ。(交流で)誇りを深められた」
 取材を通じ、あらためて姓への愛着が増してきたので、市長の鈴木康友さん(62)に提案してみた。
「いっそのこと浜松市を『鈴木市』に改名しませんか」
 「多くの鈴木さんがこの街を支えてくれているのは確かですが、それはないですね(きっぱり)」とか。

◆メモ「鈴木(すずき)さん」

 全国名字大辞典によると、刈り取った後のイネを天日干しするために積み上げたものを「すずき」と呼び、「鈴木」という漢字を当てた。2018年の民間調査では、全国の鈴木姓は佐藤姓に次いで2番目に多かった。都道府県別の鈴木率では静岡県が約5%で最も高い。

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