<中村雅之 和菓子の芸心>「純本生わらび餅」(奈良市・千壽庵吉宗) 貴族になった食べ物

2021年2月12日 07時38分

イラスト・中村鎭

 本来、「わらび餅」は、山菜であるワラビの根をでんぷんにした「わらび粉」を練り上げたものだった。
 しかし、小さなワラビの根からでんぷんを取るのは大変な手間が掛かる作業で、高価な食材だった。そこで、代用されたのが、サツマイモなどのイモ類から取れたでんぷん。これが一般的になり、「本物」はすっかり見掛けなくなってしまった。
 「わらび餅」の歴史は古く、古代の人々を魅了した。貴族社会が絶頂期にあった平安時代前期−中期の天皇・醍醐天皇は、大好物が過ぎて、「太夫」の官位まで与え、中国の故事に倣い「岡太夫」と名付けた、とされる。「太夫」とは「五位」相当の身分。「五位」は官位では中級だが、ここまでは一応貴族とされた。つまり、食べ物が人も羨(うらや)む貴族の身分を得たのだ。
 この醍醐天皇とわらび餅との伝説を背景に作られたのが、狂言の「岡太夫」だ。
 婿が妻の実家に行き、初めて「わらび餅」を食べる。舅(しゅうと)からは、官位を与えられた菓子で、その原料は漢詩にも詠まれている、と教えられた。家に戻り、妻に作って貰(もら)おうとするが、名前を忘れてしまった。妻に漢詩を次々と詠ませるが、一向に思い出せない。苛立(いらだ)った婿が、逆上して妻の手を叩(たた)くと、その拍子に出た漢詩が手掛かりとなり思い出す。
 「わらび餅」で知られる千壽庵吉宗の「純本生わらび餅」は、国産本わらび粉100%。黒い艶があり、粘りも強い。値は張るが、一度は食べてみたい高貴な味だ。(横浜能楽堂芸術監督) 
<千壽庵吉宗> 奈良総本店 奈良市押上町39の1。(電)0742・23・3003。6切れ入り2500円。

狂言「岡太夫」(野村萬斎)=撮影・神田佳明


関連キーワード

PR情報

伝統芸能の新着

記事一覧