渋沢栄一と水戸藩をひもとく 大河「青天を衝け」水戸も舞台 パネル展や書の公開

2021年2月12日 07時49分

渋沢栄一と水戸藩との関わりを紹介するパネル展=水戸市の水戸城跡二の丸展示館で

 近代日本の産業の礎を築いた実業家渋沢栄一(一八四〇〜一九三一年)の生涯を描くNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」は、渋沢と水戸藩の浅からぬ縁にも焦点を当てる。水戸市内では十四日の放送開始を機に、渋沢に関するパネル展などが開かれている。今年は、幕末維新史で大きな役割を果たした水戸藩を再考する機会になりそうだ。 (出来田敬司)
 渋沢は、武蔵国血洗島(ちあらいじま)村(現在の埼玉県深谷市)の裕福な農家に生まれ、明治維新の思想的原動力となった尊王攘夷(じょうい)を広めた水戸学に影響を受けた。一八六七(慶応三)年、水戸徳川家出身の十五代将軍徳川慶喜の名代としてパリ万博を見学し、当地の先進的な産業や制度に触れた。帰国後は大蔵官僚を経て実業界へ転じ、王子製紙や帝国ホテル、日本興業銀行など約五百社の設立に関わった。
 水戸城跡二の丸展示館(水戸市三の丸)は「渋沢栄一と水戸の人々」を企画した。十枚の展示パネルでは、慶喜や水戸藩士藤田小四郎らとの交わりを紹介している。
 渋沢は、慶喜が将軍に就く以前から家臣として仕えた。大政奉還後の慶喜が正当に評価されていないと感じ、伝記を著してその功績を伝えている。
 小四郎は、激烈な尊王攘夷論を唱えた藤田東湖の四男で、渋沢とは互いを畏友と呼び合う仲だった。一八六三(文久三)年には、その直後に尊王攘夷派の争乱「天狗(てんぐ)党の乱」を主導する小四郎に倒幕の覚悟を迫っている。

渋沢栄一が関心を持ったとされる武田耕雲斎の書=同市の弘道館で

 実業界で成功を収めた渋沢は一九一六(大正五)年に水戸を訪れ、旧水戸藩校の弘道館で講演した。弘道館では「青天を衝け」のロケが行われ、現在、天狗党の大将武田耕雲斎の書を特別公開している。
 二の丸展示館の展示に関わる水戸市教育委員会の藤尾隆志係長は「渋沢と水戸の名士とは深い関わりがあった。渋沢が晩年、弘道館など水戸の各所を訪ねていたことに思いをはせてもらえれば」とPRしている。
 二の丸展示館のパネル展示は十二月二十六日まで。入場無料。弘道館の特別公開は三月二十一日まで。高校生以上大人四百円、中学生以下二百円。

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