対米従属の構造 古関彰一著

2021年2月14日 07時00分

◆主体なき国家の根源直視
[評]斎藤貴男(ジャーナリスト)

 自民党は二十一世紀に入って以降、三度にわたり憲法改正案を策定・公表している。二〇〇五年と一二年は現行憲法の構成を基にした改正条文案で、一八年のは自衛隊の明記など四項目だけの素案だ。
 むやみに勇ましく、どこかおかしい。当初は「自衛軍」だと叫んだ軍事組織の呼称も、「国防軍」をうたったり、「自衛隊」に戻したり。天下国家を論じているようで、その実、いいかげんな与太話みたいでもある。
 本書を読んで、その理由が氷解する気がした。憲法史の泰斗が、かねて抱き続けてきた問題意識に正面から取り組み、確信に至った思いをストレートに綴(つづ)った快作である。
 それによれば、日本は米国の思惑ひとつで、いつでも、どこででも戦争させられることになっている。公表された共同声明やガイドラインだけでも自明だが、朝鮮半島有事や核兵器、沖縄、指揮権の所在に至るまで、数限りなく存在する「密約」が、そうさせずにはおかない。陸上自衛隊の全国五方面隊を統合する「陸上総隊」直轄の「水陸機動団」が沖縄の辺野古新基地に常駐し、米海兵隊と一体化する計画さえ、日米間で合意されている事実も報じられた。
 直接的には一九六〇年に岸信介元首相が憲法より日米安保条約を上位に置いたためで、ゆえに彼以降の改憲論の要諦は、「国民精神の作興」以外ではあり得ない。岸の孫である安倍晋三前首相は、この構造の化身でもあったのか。
 ところで評者は、過去十数年来、この国の指導者層に当事者意識がまるでない現実を許せずにいた。原発でも新型コロナ対策でも、東京五輪の開催強行姿勢でも、俺に責任などあるはずがないという、ある種の“信念”さえ感じさせられてしまう。どんな結果が招かれようと、“何もなかったこと”にすれば済む、と。
 なぜならすべての主体は米国にある。絶望は、そして国民個々のレベルにまで浸透して−。
 皮膚感覚を理詰めで突き付けられるのは辛(つら)い。それでも私たちは現実を直視することから始めるしかない。思い知るために必要な読書である。
(みすず書房・3960円)
1943年生まれ。独協大名誉教授、和光学園理事長。著書『平和憲法の深層』など多数。

◆もう1冊

古関彰一著『安全保障とは何か』(岩波書店)。安全保障の理論の変遷を辿(たど)る。

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