興行界の裏面史に迫る 『沢村忠に真空を飛ばせた男 昭和のプロモーター・野口修 評伝』 ノンフィクション作家・細田昌志さん(49)

2021年2月14日 07時00分
 空手を愛好する無名の青年を「沢村忠」の名でキックボクシングの帝王に仕立て、芽の出ない若手歌手を「五木ひろし」と改名させて世に送った“伝説のプロモーター”、野口修(一九三四〜二〇一六年)。七三年暮れ、五木は「日本レコード大賞」に輝き、沢村は年明け早々、初の三冠王を獲得した読売巨人軍の王貞治を抑えて「日本プロスポーツ大賞」の栄に浴した。
 異分野での立て続けの快挙。「こんな人は二度と現れないと思う。どんな人物なのか、とても興味を引かれた」と明かす。当初は、聞き書きによる「自伝」を構想していた。しかし、本人も知らないことが多く、肝心なことを語ってくれなかったり、はぐらかされたりもしたため、「一から調べるしかないと腹をくくり、ノンフィクションの沼に入り込んだ」と言う。
 父親の野口進、弟の恭は日本ボクシング界で初の親子二代王者。進は右翼団体「愛国社」の構成員で、三三年に若槻礼次郎元首相の暗殺未遂事件を起こし府中刑務所に服役。ここで親交を深めた児玉誉士夫のつてで上海に渡り、芸能の興行を手掛ける。児玉を軸に広がった右翼人脈が戦後、波乱に富んだ野口修の人生に多彩な影響を及ぼした事実を綿密な取材で活写。「これまで明らかになっていない壮大な流れがあったことに気付き、驚愕(きょうがく)した」と振り返る。
 ボクシング興行で培ったタイとの関係を生かし、修が国技「ムエタイ」を日本に持ち込み、命名した「キックボクシング」。六八年に始まったテレビ中継を追い風に人気に火が付く。沢村の必殺技「真空飛び膝蹴り」はファンを熱狂の渦に包み、梶原一騎原作の漫画「キックの鬼」が誕生。プロモーターとしての面目躍如の仕掛けだった。
 取材に着手したのは二〇一〇年。五木の才能を見いだした作詞家の山口洋子が内縁の妻であることを、周辺取材で突き止めた。修が競走馬の購入、ゴルフ場開発など新規事業にことごとく失敗して失意の晩年、「取材で得たさまざまな事実をぶつけて、確認作業を行った」と明かす。
 縦二段組みで、約五百六十ページの大著。戦前から戦後右翼、格闘技、芸能、放送の足跡を浮き彫りにする興味深い裏面史にもなった。タイにも足を運び、約十年に及んだ「時空の旅」。取材と執筆のため、放送作家として担当する番組はすべて降板したという。
 新潮社・三一九〇円。 (安田信博)

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