「高原列車」は迷走 土屋武之さん

2020年4月21日 02時00分
 古関裕而(こせきゆうじ)が作曲、丘灯至夫(としお)が作詞し、岡本敦郎が歌った「高原列車は行く」のモデルは、福島県の通称、沼尻軽便鉄道と言われる。起点であったJR磐越西線川桁駅前には、立派な記念碑も建てられている。レコードが発売されたのは1954年のことだ。
 この鉄道は、鉱山から硫黄を運ぶため13年に開業。当初は日本硫黄耶麻軌道部と称した。国鉄より狭い、762ミリメートル軌間の軽便鉄道である。45年には会社名を日本硫黄沼尻鉄道部と改めた。だが戦後は、原油を精製する際の副産物として安価に硫黄が製造できるようになり、輸送量が急減。経営状態も大幅に悪化した。そこで取られた打開策が観光鉄道への脱皮だった。
 歌が大ヒットした頃だが、結局は旅客誘致につながらず、57年には無配に転落してしまう。そしてPRのため64年に日本硫黄観光と改称。さらに67年には、電化区間は無く急行も走っていないのに、磐梯急行電鉄と再改称する狼狽(ろうばい)ぶりを見せている。投機筋にも翻弄(ほんろう)され、爽やかな曲調と裏腹なきな臭いうわさも流れた。ついには68年に倒産し、同時に事実上、廃線。猪苗代緑の村に保存車=写真=が現存するだけ、まだ幸いと言えるのかもしれない。

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