【動画あり】まるで30年前のタイムカプセル!?京成電鉄・東成田駅で「成田空港駅」時代の栄光をしのぶ

2021年2月14日 07時04分
 京成電鉄・東成田駅(千葉県成田市)は、1日平均の乗降客1800人のローカル駅。しかし30年前までは「成田空港駅」と名乗り、日本の空の玄関と都心を結ぶ重要な駅だった。駅構内のフェンスで閉ざされた区域にはタイムカプセルのように、往時をしのばせる手掛かりが残っている。

空の玄関駅だったころの面影を残す駅入り口

 バスを横付けできるスペースに面したガラス張りの駅出入り口。頭上に掲げた「NARITA AIRPORT STATION」の看板跡にはボルトだけが残る。一九七八年、成田開港に合わせ開業。九一年三月十九日、空港第一ターミナル地下に開業した新駅に役割と名前を譲ったが、雰囲気はそのままだ。

成田空港駅として開業した当時の駅入り口(京成電鉄提供)

 「海外旅行客はここで連絡バスに乗って、ターミナルへ。八〇年代後半には、バスが渋滞して動かないほど利用された」と京成電鉄の担当者。九〇年度には、最多の一日平均二万六千人が乗降した。ガラスドアの内側には、地下一階コンコースへの幅広い階段。エスカレーターは、空港関係者らが利用する通勤時間帯を除いて止まっているのが、わびしい。

コンコースの壁に掲げられたレリーフ

 コンコースに下りると、壁に平安貴族をモチーフにした陶板レリーフ「曲水の宴」が飾られている。幅八メートル、高さ三メートルの大迫力で「ああ、日本に着いた−」と感じてもらう仕掛けだ。コンコースは現在も千八百平方メートルと広いが、往時は倍以上の四千三百平方メートルもあった。みると、壁の一部が仮設フェンスで、規模を縮小させたことが分かる。
 京成電鉄の許可を得て、フェンスの内側へ入った。京成上野まで一時間で結ぶ「スカイライナー」専用の改札口で、現在の東成田駅の改札口になっている一般列車用とは別だった。新駅開業でスカイライナーが発着しなくなってから閉鎖、資材置き場に転用したが、「成田空港駅」時代を思わせるモノが随所にある。

「成田空港駅」当時に使用されていた改札口

 まず目を引くのは腰の高さまでの銀色のボックス。「中に駅員が入り、きっぷにはさみを入れたり、受け取ったりしていた。横に自動改札もあったが、まだ普及せず、裏が白いきっぷが多くて」と担当者は話す。
 見回すと、柱に「現成田空港駅は『東成田』に変更します 平成3年3月」という張り紙。外貨を扱っていた「東京銀行」(現三菱UFJ銀行)の広告看板もそのままだった。「軽食・喫茶 エクレール」と書いた矢印をたどれば、喫茶店跡に着く。

「成田空港駅」当時に営業していた喫茶店

 奥行きある店を縦長に分断するカウンターテーブルが特徴。改札内なので、スカイライナーと一般列車それぞれの乗客が交ざらないよう、店の出入り口をそれぞれ設け、内部も分けた。料理見本を展示したガラスケースや「ホットケーキセット¥450」という表示も残る。担当者は「三十年前、スカイライナーは毎時一〜二本。列車待ちでにぎわった。駅周辺に店がなく、運転士の腹ごしらえにも役立った」と振り返る。
 それにしてもこんなに残してあるのはなぜ?と聞くと「片付けにお金がかかるから」と現実的な答え。おかげでタイムカプセルとなり、フェンス内を公開するイベントも開かれる。

かつて「成田空港駅」だったホーム

 喫茶店で一息ついた気持ちになり、地下二階のホームへ。島式と呼ばれるホームの両側の旧一、二番線にスカイライナーが止まった。現在は夜間、留置線として活用。線路を挟んで横並びにある一般列車用のホームが現一、二番線(旧三、四番線)で、今も列車が発着する。
 現役のホームと比べると薄暗い旧スカイライナー用ホームだが、「成田空港」の駅名表示板やスカイライナーの発車時刻表が掲げられたままで、過去の栄光が伝わってくる。かつて夕方は満席が続いて利用客は多く、ホームと地上の間で荷物を運ぶポーターもいた。空港建設反対派の活動を警戒する警察官も巡回していたという。
 いま東成田駅と成田空港駅などの駅長を兼務する増田敦さん(54)は、八六年の入社直後に旧成田空港駅に配属されて九一年に新駅へ移り、新旧両駅で約十年勤めた経歴の持ち主。「新駅開業時はわくわく感と、この駅が縮小されるさみしさを感じた。ここに来れば若いころの自分と、コンコースにたくさん人がいたのを思い出す」と懐かしんだ。
 文・梅野光春/写真・市川和宏
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報

動画の新着

記事一覧