津波は来ないと言われても…よみがえる10年前の光景 福島県新地町

2021年2月16日 06時00分

自衛隊から給水された飲料水を運ぶ中塚武さん(右)、芳子さん夫妻=14日、福島県新地町で

 福島県の中通りと浜通り、宮城県南部で13日深夜、震度6強の地震があった。「こんな地震がまた来るなんて。もう、たくさんだ」。震度6強を観測した福島県新地町の自宅で寝ていた中塚芳子さん(68)は、足が震え、はうようにして外へ逃げた。頭によぎったのは10年前のあの日、自宅や町民110人の命を奪った大津波の襲来だった。(片山夏子)
 13日午後11時7分ごろ、どーんと下から突き上げる縦揺れが、布団にいた中塚さんを襲った。「10年前の地震より大きく感じて。えーっ、またって」。電子レンジや割れた皿の破片が散乱し、ひっくり返った電気ポットから漏れた湯で水浸しの中、手すりになる物を探し、つたいながら庭に出た。
 「何も持ち出せなかった」。中塚さんはうつむいた。夫の武さん(68)と共にけがもなく無事だった。室内は壁にひびが入り、ドアが閉まらない。幸い、電気はついたが「津波が来ない」と報道されても、不安だった。
 東日本大震災時、町内にあった自宅は海から50メートル。武さんは単身赴任で、中塚さんは85歳の母と自宅にいた。津波警報が鳴って2人で高台に上ると、黒い波が町をのみ込んだ。家は土台以外残らず、高台に建て直した。「地震で家が津波に持っていかれたあの時がよみがえって…。怖かった」
 町内の一部で断水が続いていた14日午後2時、町役場前で自衛隊の給水活動が始まった。中塚さんは武さんとビニール製の災害用水袋を手に、ほっとした表情を見せた。「うちは水が出るようになったけど、飲めるか心配で。7カ月の孫のミルクに使います」
 役場近くに住む渡辺君子さん(58)も、地震直後に10年前を思い出した。当時、春休みで町に戻っていた大学生の娘が心配で、職場から車で実家へ急いだ。がれきだらけでたどり着けずにいるうち、津波が家を襲った。「娘を死なせてしまった」とぼうぜんとしたが、避難所に元気な姿があった。

飲料水を自衛隊員に運んでもらう渡辺君子さん(右)

 今回の地震時、娘(33)は孫(5つ)と帰省で家にいて、寝ていた。娘の上にタンスが倒れてきたものの、布団が間に挟まって無事だった。「また娘が来た時に大地震が来るなんて。しかも10年前の余震だなんて」。翌朝、すぐに仙台へ帰した。
 地震から2日後の15日、町に大雨が降った。4階建ての町役場は天井が損傷し、雨漏りが続いた。対応に追われる中、町総務課の長塚忠一ちゅういちさんは言った。
 「10年前は津波と原発事故があった。今回は落下物で打撲した人が1人。余震がまだ怖いけど、津波が来なくてよかった」

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