<ふくしまの10年・伊達東仮設 7年の日々>(1)見た目はいいけれど

2021年2月16日 06時51分

原発事故の5カ月後、入居が始まった伊達東仮設住宅=2011年8月、伊達市で(豊田直巳さん提供)

 東京電力福島第一原発事故から約五カ月後の二〇一一年八月一日、伊達東仮設住宅(福島県伊達市)への同県飯舘村の避難住民の入居が始まった。
 いかにも応急という仮設が多い中、グラウンドに整備された伊達東仮設は丸太を積み上げたログハウス風と、板張りに白壁の和風の二種類があり、いい見た目だった。
 ただ、間取りは四畳半が二部屋とダイニング。大きな家で三、四世代同居が当たり前の村民にとって、その狭さは驚きしかなかった。
 「布団は重ねないと収まらない。風呂場はカーテンで仕切っただけ。隣近所の話し声は丸聞こえで、プライバシーも何もあったもんじゃない」
 前田地区の元酪農家、長谷川健一さん(67)はこう振り返った。
 地面の排水が不十分で、床下に水たまりができ、夏は蚊に悩まされた。冬は、床が薄くサッシも一重なのでとても寒い。床にカーペットを三枚重ねた上に電気カーペットを敷いてしのいだ。
 健一さんが「後でサッシが増設されたのはありがたかったけど、ただでさえ狭いのに内側に張りだしてきたな」と言うと、妻で同仮設の管理人を務めた花子さん(66)は「当初、お風呂に追いだきができなかったのがつらかった。私が入るころには、もうほとんど水になってたのよ」。
 飯舘村に戻った夫婦は、七年に及んだ仮設の日々を懐かしむように語り合った。(山川剛史が担当します)
◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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