白黒ながら一目瞭然 土屋武之さん

2018年12月11日 02時00分
 東海道新幹線が開通した1964年10月当時、国鉄は新幹線の需要に一抹の不安を抱き、それまで東海道線を走っていた「こだま」などの特急は全廃したが、「東海」などの急行や準急の多くはそのまま運行を続けた。新幹線が停車しない中小都市への配慮だ。多客期には臨時準急も増発した。それが、東京-大垣間を走る「ながら」である。 
 鮎川哲也の長編推理小説「準急ながら」では、この列車の写真がトリックに使われた。犯人には、写っている列車が「ながら」でなければならない理由があったのだ。
 これに充当された車両は他の準急と異なり、本来は修学旅行用の電車で、夏休みなどに臨時列車に転用されたのだ。朱色と黄色という独特の塗色をしており、湘南色と呼ばれたオレンジと緑をまとっていた急行・準急用の電車とは大きく違っていた。
 白黒フィルムの時代とはいえ、ひと目で「これは『ながら』だ」と特定できたのだ。だからこそ、犯人はアリバイを構築するため、この臨時列車を選んだのである。
 今では修学旅行専用電車も過去のものとなった。しかし色だけなら、鉄道博物館(さいたま市)の玄関先にあるモックアップ(実物の部品を使った模型)=写真=でしのぶことができる。

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