<ふくしまの10年・伊達東仮設 7年の日々>(2)荒れる村に募る心配

2021年2月17日 07時24分

避難した翌月、自宅に一時帰宅した長谷川花子さん(右)=飯舘村で(豊田直巳さん提供)

 伊達東仮設住宅(伊達市)から飯舘村までは約三十キロ、車なら四十分ほどで行ける。
 全村避難が始まってから一カ月後、仮設の管理人を務めた前田地区の長谷川花子さん(66)が、荷物を取りに一時帰宅した際の写真がある。写真家の豊田直巳さん(64)が撮影した。孫を抱きしめ、窓から外を凝視している。笑顔を絶やさない花子さんだが、記者が「何とも深い悲しみを含んだ表情ですね」と写真について尋ねた時は違った。不用意な質問だったと恥じた。
 「そりゃそうじゃないの。笑えって方が無理でしょ。家族同然のウシがいなくなって酪農はできないし、何ともできない。この時は孫に会えたけど、ふだんは離れ離れ。この先どう生きてくべって不安ばっかりだったのよ」
 記者の目をじっと見て避難当初の心境を一気に語った。
 国や村からは「二年で(帰還できるよう)何とか頑張ります」と聞いていたが、その言葉通りになるとは思えなかった。夜になれば、生活の明かりがなくなった村内はどこも漆黒。村民が交代で見回りをしているものの、窓ガラスを割られ、泥棒に入られる家が相次いだ。荒れ始めた村の様子に心配は尽きることはなかった。
 それでも前田地区五十四世帯のうち二十三世帯が伊達東仮設に入居した。区長だった夫の健一さん(67)の呼び掛けが奏功し、周りに気心の知れたコミュニティーの仲間がいた点は心強かった。
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