<ふくしまの10年・伊達東仮設 7年の日々>(3)ラジオ体操が住民結ぶ

2021年2月18日 08時13分

体力維持のほか、住民が知り合う機会にと続けられたラジオ体操=2015年4月、伊達市で(豊田直巳さん提供)

 飯舘村にいれば農作業や庭仕事などで体を動かす機会は多い。しかし、生活基盤を奪われた仮設住宅での暮らしが続けば、心配になってくるのは足腰が弱ること。
 「飯舘に帰るときは、歩いて帰るぞ」。伊達東仮設(伊達市)の管理人、長谷川花子さん(66)は、こう呼び掛けてきた。避難住民たちが集会場前の広場で始めたのが朝のラジオ体操だった。
 体力維持が主な目的だが、同じ村民とはいえ、仮設で初めて顔を合わす住民も少なくない。若い世帯は放射線の影響がより少ない別の場所に避難したケースが多い。当時の入居者地図を見ると、一人世帯は四割近くに上った。ラジオ体操は、知り合いを増やしてもらい、安否確認をする場にもなっていた。
 当初は放送時間に合わせて朝六時半からだったが、少し早すぎるとの声を受けて朝ドラ後の八時半からに。月曜日から土曜日まで、雨の日は集会場に場所を移し、欠かさず続いた。
 やがて参加者は三十人ほどになった。伊達市出身の体操インストラクターの振り付けにより、仮設独自の体操まで生まれた。
 みそ造りの腕前で飯舘でよく知られる菅野栄子さん(84)も参加者の一人。「毎日行っていました。体のことをよく考えてつくられた体操だなあと思いました。大半の方は顔見知りでしたが、ラジオ体操のおかげで新しい友達もできました」と振り返った。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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