「あきらめず闘ってよかった」 原発事故でふるさと奪われた原告の南原さん夫婦

2021年2月19日 22時19分
控訴審勝訴を喜ぶ原告の南原聖寿さん(右)と妻の園枝さん=19日午後4時53分、東京都千代田区で

控訴審勝訴を喜ぶ原告の南原聖寿さん(右)と妻の園枝さん=19日午後4時53分、東京都千代田区で

 「やっと国の責任が認められた」。原告の1人で東京電力福島第一原発から20キロ圏内の福島県南相馬市小高おだか区から千葉県君津市に避難した南原聖寿せいじゅさん(61)は、19日の東京高裁での逆転勝訴判決を法廷で聞き涙を浮かべた。原発事故に翻弄ほんろうされた10年間。生活基盤が大きく変わったことに対する賠償が認められたことに「あきらめずに闘ってきてよかった」と喜びをかみしめた。(山口登史)
 この日午後3時すぎ、高裁前で弁護士らが「逆転勝訴」「国の責任を認める」と書かれた紙を掲げると、集まった人たちから「おおっ」と歓声が上がった。弁護団事務局長の滝沢信弁護士は「真の復興と被害者の再生に向けた起点になる」と強調した。

◆いじめ、不眠…生活一変

 福島原発事故で南原さんの生活は一変した。事故後まもなく南相馬市から、妻園枝さん(62)の実家近くにある君津市に避難。当時、中学生だった長男(24)は転校先の中学校で「放射能がうつる」と言われるなどのいじめに遭い、不登校になった。
 知的障害があり、小学生だった長女(20)は事故後、車いすを使うほど身体にも影響が出た。「福島ナンバーの車で走るだけで白い目で見られている気がした」。南原さんは、当時の疎外感を振り返る。
 避難生活に子育ての苦労で、園枝さんは高血圧や不眠症の症状がひどくなった。もともとあった足の障害が悪化し、車いすが欠かせなくなった。
 福島では半導体メーカーに勤務していた南原さんも消化器系の病気が悪化。避難先でアルバイトに就いたが、長続きせず、生活保護を受けている。

◆ふるさとを奪った

 ひな人形や写真など思い出の品が残されていた南相馬市の自宅アパートは、数年前に所有者の意向で取り壊された。
 自宅周辺の避難指示は解除されたが、戻る場所はなくなった。「国や東電がふるさとを奪った」との憤りから、事故の責任の所在を明らかにしたくて家族で原告団に加わった。
 長男は千葉県内で就職し、現在、家族の住民票は千葉にある。君津市内のアパートは2019年3月末で支援が打ち切られ、生活保護費で家賃と生活費をやりくりしている。

◆原発事故に終わりは来ない

 園枝さんは「不安な気持ちもあったが、頑張りが無駄にならないでよかった」とほっとした表情。「原発事故さえなければ、別の人生を歩んでいたはずだった」。夫婦は訴える。「何年たってもふるさとを失った私たちの原発事故に終わりは来ないんです」
◇            ◇

◆福島訴訟原告団長「正しい判断」

 東京電力福島第一原発事故で被災した福島県や隣接県の住民約3650人の集団訴訟で、原告団長を務める中島孝さん(65)=福島県相馬市=は19日、国の責任を認めた東京高裁の判決に「積み上げられた証拠から導かれる正しい判断を示した」と喜んだ。
 1カ月前の1月21日には、群馬県などに避難した住民らの訴訟で東京高裁の別の裁判長が、国の責任を否定する判決を出した。その時は、怒りに震えた。
 今回は、中島さんたちが昨年9月に仙台高裁で勝ち取った判決同様、国が東電に津波対策を命じなかった点を違法と断じた。
 「同じ証拠、同じ理屈での訴えで、なぜこれほど判断が違うのか。裁判長への不信感にもつながる」と話す。
 事故から10年、国の責任を問う訴訟で三つの高裁判決が出そろい、判断は最高裁へ託されることになる。中島さんは「国民が裁判所の判断を厳しい目で監視し、不当な判決には不当だと声を上げることが、証拠に基づいた正しい判決につながると信じている」と強調した。(片山夏子)

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