アルツハイマー征服 下山進著

2021年2月21日 07時00分

◆根治へ「不可能」に挑む
[評]佐藤幹夫(フリージャーナリスト)

 評者が全国の高齢者医療とケアの現場を回り始めたのは、二〇〇〇年代の初めだった。当時医師たちは、アルツハイマーの治療薬は十年もすればできるだろう、と大いなる希望を語ってくれた。一〇年代が近づくと、まただめだった、根治薬など無理なのではないか、悲嘆を込めてそう語るようになっていた。
 評者は二〇年代の手前で取材を終えたのだが、その時には「治療薬は不可能」というイメージが根を下ろしていた。老化が不可避である限り、アルツハイマーの根治薬は不可能である、それは老化そのものなのだから。しかし本書はその認識を一掃してくれた。少なくとも「不可能」という一語は封印してよいと思えた。
 アルツハイマー病は脳内にアミロイドβという蛋白(たんぱく)質が蓄積し、脳の神経細胞を死滅させることで引き起こされる。脳は萎縮し、認知、記憶、運動などの機能が障害され、やがては人格にも異変をきたす。なぜそうなるのか。どうすれば防ぐことができるのか。
 一九八〇年代、遺伝子工学の急速な進展などを受けて、一気に研究が加速する。九〇年代になると病変遺伝子が発見され、幾つかの仮説が生まれる。進行を抑制する薬、アリセプトが開発され、脳の病変にダイレクトに作用するワクチン療法も発見された(医師たちが希望を語っていたのはこの頃だろう)。
 しかし以降、研究の挫折が続いていく。創薬のためには三段階の治験を経なくてはならないが、そのどこかで、有意性が得られない、副作用が生じるなど研究を中断するケースが相次いでいく(医師たちが悲嘆を語っていた頃だ)。
 科学者たちの仮説の検証をめぐる鍔迫(つばぜ)り合い、失敗と挫折が繰り返される実験、「最初の一人」を巡る熾烈(しれつ)な戦い。さらには生き残りを賭けた企業の、時に非情な経営戦略。これらを描く著者の取材は圧倒的である。ここに加わる患者と家族の切なるドラマ。
 ラスト。著者は、未来のために挑戦は続くのだと書いて本書を終える。評者が「不可能」を封印したのはこのメッセージの力強さの故であった。
(KADOKAWA・1980円)
1962年生まれ。ノンフィクション作家。著書『2050年のメディア』など。

◆もう1冊 

新井平伊著『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文春新書)

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