名作の舞台裏を紹介 再デビュー作が話題・笹生那実(さそう・なみ)さん(漫画家)

2021年2月20日 14時04分
 『ガラスの仮面』の作者・美内すずえさんら少女漫画界のレジェンドたちの下でのアシスタント経験をつづったエッセー漫画『薔薇(ばら)はシュラバで生まれる』(イースト・プレス)を、昨年出版した笹生那実さん(65)。育児などでブランクがあり、実に三十二年ぶりの再デビュー作となったが、名作が生まれた舞台裏の貴重なエピソードが満載とあって、話題を呼んでいる。
 出身は横浜市。小学生の頃、美内さんの作品に出会い、たちまち大ファンに。ファンレターを出し続け、漫画も描き始めた。中学最後の春休み、作品案を見てくれた雑誌の編集者が、美内さんが仕事中の旅館で本人に会わせてくれた。
 やりとりを全て克明に手帳に記したほどの感動。中でも印象深いのは、ふすまに飛び散った墨汁を指した美内さんの言葉だ。
 「あれ見たらどんだけ修羅場か分かるわ」
 美内さんが当時の漫画入門書に「まんが家は三日徹夜 座りきり一カ月 一日半の絶食ぐらい覚悟しなければ」との助言を寄せたほどの過酷な制作現場。まさに「シュラバ」だと実際に痛感したのは短大卒業後、制作の合間に多くの漫画家のアシスタントをするようになってからのこと。
 結婚、出産を経て「子育てしながら漫画を描くのはあまりに大変」で、三十二歳でいったん引退する。四十三歳の時に友人でアシも務めた故三原順さんの追悼本を内輪向けに作ったところ、ファンから大きな反響があり、同人誌活動を開始。その後、アシ時代の思い出を描いた同人誌が出版社の目に留まり、再デビューにつながった。
 『薔薇は−』の舞台は、自身が二十〜二十五歳ごろの一九七〇年代。SFやファンタジー、同性愛など多彩なジャンルやテーマが描かれ、さまざまな薔薇が一斉に花開いたように少女漫画の革新が進んだ。一方、プロダクション化していった少年漫画と違い、制作のたびに新人らに声を掛けてアシを集め「ひたすら、ツテを頼った電話連絡のみで成り立っていた」時代だ。
 そんな埋もれた歴史を読んでもらおうと、著名になった漫画家がアシ時代を描く自伝的作品ではなく、他の少女漫画家の伝記を目指した。「私が描かなかったら、誰にも知られず消えていく言葉やエピソードを残しておきたかった」
 多忙を極めた美内さんの現場での失敗談や、三原さんとの思い出、くらもちふさこさんの作中のバンド名の名付け親となった裏話、樹村みのりさんからの温かな助言、山岸凉子さんが殻を破った作品に居合わせた逸話などが盛りだくさん。
 アシ先のエピソードごとに、その漫画家の絵柄に寄せる粋な計らいも。「先生たちの似顔絵を上手に描いても分からないでしょう。一目で、あの先生のことを描いたんだと分かってもらおうと。私が手伝っていた当時の絵をまねました」
 漫画ファンならずとも興味深い内容に、発売後すぐに重版が決まり、最新の「このマンガがすごい!」(宝島社)オンナ編で三位、「このマンガを読め!」(フリースタイル)で九位にランクイン。「うれしいけど、信じられない」と喜びと驚きが入り交じる。
 「古い、価値があるものを残していきたい」との思いは昨年、漫画とは別の形でも表れた。東京都世田谷区豪徳寺にある、明治−昭和の政治家尾崎行雄ゆかりの洋館の保存活動に一役買ったのだ。
 新たな住宅を建てるための取り壊しに反対していた、同区在住の漫画家山下和美さんらの呼び掛けを知り、夫で漫画家の新田たつおさんに相談。新田さんが代表作『静かなるドン』を描いていた仕事場が豪徳寺にあった縁もあり、一時的に買い取ってもらった。「すごく丁寧につくられたいい建物。古いからといって壊すのは本当に悲しいこと」
 最近は、幼い頃に読んだ漫画の思い出を取り入れた、少女が主人公の新作漫画を制作中。まずは同人誌での発表を考えているものの、「締め切りもなく、一人でポツポツと描いているので、全然進まなくて困っています。『誰か、締め切りくれー』って感じです」と笑った。 (清水祐樹)

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