クーデターはなぜ起きた? 国軍の認識の甘さも 前駐ミャンマー大使に聞く

2021年2月21日 06時00分
 ミャンマーで国軍がクーデターに踏み切り、市民の反発がやまない。事実上トップだったアウン・サン・スー・チー氏らの軟禁などに抗議する大規模デモは各地で続く。前駐ミャンマー大使で、スー・チー政権と国軍の双方を知る樋口建史氏は本紙の取材に「クーデターに正当性はない」と批判、日米は中国を念頭に置きながら「段階的に制裁を強めていかざるを得ないだろう」との考えを示した。(福田真悟、藤川大樹)

緊迫するミャンマー情勢について語る樋口建史・前駐ミャンマー大使=東京都千代田区で(松崎浩一撮影)

◆総選挙で威信傷つけられ

 クーデターのきっかけは、与党・国民民主連盟(NLD)が大勝した昨年11月の総選挙だ。国軍は「有権者名簿に多数の故人が含まれる」などと不正を訴えていたが、スー・チー政権は取り合わなかった。
 樋口氏は「国軍の幹部はメンツを重んじる。調査要求が通らず、威信を傷つけられたと受け止めたのだろう」と説く。不正についても「選挙管理委員会が投票を終えた有権者の指先に消えない特殊なインクを付けて『二重投票』を防ぐなどの措置を取っている。実在しない有権者が登録されていても、選挙が不正だったとはいえない。国軍の主張には無理がある」と話す。

◆国民は変わったが国軍は…

 クーデターには市民だけでなく、国際社会からも「非民主的だ」との批判が相次いだ。樋口氏は「国軍はこれほどの反発を予想していなかった可能性がある」と指摘する。
 国軍幹部には「民主制の下でも、自分たちの方がスー・チー政権よりもうまく国を運営できる」との自負があった。また、国軍総司令官への強引な権力移譲は、形式的とはいえ憲法の規定にのっとっており、「説明すれば『民主制の下での政変』として国際社会から容認される」との甘い認識があったと推察する。
 ミャンマーが民政に移管して10年。「自由に慣れ親しんだ人々が、国軍による政権を受け入れることはないだろう。国民は変わったのに国軍は時間が止まったままだった」と強調した。

◆対中関係も視野に制裁を

 国民の反発が高まる中、樋口氏は「国軍が自らの非を認め、三権を手放すのはリスクが高く、考えづらい」と語る。「ミャンマーの国軍や警察にはソフトなデモ規制のノウハウも資機材も不足し、大規模な流血事案に発展する恐れもある。そうなれば『人道に対する罪』が問われ、軟着陸は一層難しくなる」
 平和的な解決に向け、日本は何ができるのか。樋口氏は「欧米の経済制裁と歩調を合わせた段階的な経済制裁を検討せざるを得ないのではないか」と主張する。11日、米国が取った国軍幹部と国軍関連3企業などへの第1弾の制裁は規模が小さく、効果は薄い。国軍の態度次第で制裁は強まるとみられるが、一気に強めれば態度の硬化を招き、また、経済が破綻を来せば中国の影響力が増しかねない。「対中関係を視野に、米国と連携しながら段階的に制裁を強め、国軍に譲歩を促すべきだ」と訴えた。

ミャンマーのクーデター 今月1日、ミャンマー国軍はアウン・サン・スー・チー氏やウィン・ミン大統領らを拘束した上で、国軍出身のミン・スエ副大統領が代理で非常事態を宣言。憲法の規定に基づき、立法、行政、司法の三権をミン・アウン・フライン国軍総司令官に移譲した。

ひぐち・たてし 1953年、愛媛県生まれ。東大法学部卒、78年に警察庁入庁。同庁国際第1課長、北海道警本部長などを経て2011年に警視総監。13年に退官後、14年4月から4年間、駐ミャンマー大使を務める。

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