母の手 水野梓

2020年1月26日 02時00分

イラスト・瀬崎修

 母の手は、昔からガサガサで、冬になると特にひどい。記憶の中では、いつも保湿クリームを塗っていた。
 家計を助けるため、朝から晩まで走り回って働いていた。子どもの服はもちろん、自分の服まで、なんとか手作りして用意してくれていた。母はとにかく休まなかった。
 幼い頃のある日、母が帰宅して言った。
 「今日、お客さんに言われたの。あんたの手は、よぉけ働いとる手だ。きれいだ、って」
 母は少し嬉(うれ)しそうにしながら、夕飯の準備をし始めた。幼かった私は、初めて母を美しい人だと感じた。
 その母は、今でもずっと働き続けている。
 あんまり無理してかんよ。
 (愛知県瀬戸市・パート・40歳)
◇ ◇ ◇ ◇

好き 日東莉菜

 「好き」、この言葉の意味は何だろう。
 ペットへの好き、恋人への好き、家族への好き…数え切れないほどたくさんの「好き」。
 好きという言葉に大きな意味はないかもしれないし、あるかもしれない。
 友だち同士の好きは変わりやすいけれど、家族への好きは一生続くものだろう。
 でも、思春期の好きは特別だ。
 毎日のように自分が変わっていくなかで、好きな人ができても次の日には変わってしまうなんてこともあるだろう。
 だけど、一つ一つの好きを大切にして、未来でそのことを振り返ったら、きっといい思い出になるに違いない。
 実現するのは難しいけれど、諦めたくない「好き」という思い。
 未来で後悔しないように、がんばろう、自分。
 (岐阜県多治見市・中学生・13歳)
◇ ◇ ◇ ◇

本が捨てられない 関博之

 本が捨てられないで困っている。
 初版本とかサイン本とか高価そうな古書は少なく、雑書ばかりだが。
 いまは古本の値段も下がって、古本屋に持ち込んでも二束三文にもならない。
 でも、昔愛読した本は、たとえ薄い新書でも深い愛着がある。
 知識や教養を得られた本は人生の教師だったといえよう。
 繰り返し眺めた画集や写真集、植物図鑑は、どれほど心や生活を豊かにしてくれたか分からない。
 これらの本を資源紙として処分するのは著者に対して失礼だと思わずにいられない。
 しかし私が死んだら、著者への尊敬も、本の思い出も、愛情も、すべて消えてしまい、ただの古本の束になる。
 それでいいのだ。
 (埼玉県坂戸市・無職・84歳)
◇ ◇ ◇ ◇
 これほど愛(いと)おしいものが他にあるでしょうか、水野梓さんの「母の手」。その指先が休みなく動き続けてつくり出し、生み出してきた幸せは、いったい、どれほどの大きさでしょう。
 作者と一緒に考えてみたくなります、日東莉菜さんの「好き」。この言葉に込めることができる思いは、実にさまざま。未来に向けて、その中身をもっともっと充実させてください。
 共感の声があちこちから聞こえてきそうな、関博之さんの「本が捨てられない」。書物の価値は、あくまでも読み手が決めるもの。なので、結論は“それでいいのだ”ですね。

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