警戒区域で生き残った牛1頭が問う「生きるとは…」 福島県浪江町「希望の牧場」

2021年2月22日 12時00分

肉用牛に交ざり、餌を食べる「いちご」。「牛は餌食ってる時が一番いい顔するんだ」と吉沢さんは言う=福島県浪江町の「希望の牧場・ふくしま」で(佐藤哲紀撮影)

 朝の牛舎で黒毛和牛などが並ぶ中、1頭だけ白黒模様の牛が目を引く。牧場内唯一のホルスタイン「いちご」がのんびりと餌の時間を待っている。
 東京電力福島第一原発から北西約14キロに位置する福島県浪江町の「希望の牧場・ふくしま」。代表の吉沢正巳さん(66)が飼育していた肉用牛は原発事故で放射性物質にさらされ、出荷できなくなった。原発から半径20キロ圏内の警戒区域(当時)に位置するため、国からは殺処分を求められたが吉沢さんは拒み、牛の世話を続けている。
 吉沢さんによると、いちごは警戒区域内で生き残った最後のホルスタインだという。原発事故後、同牧場からほど近い南相馬市の酪農家の牛舎で保護された。牛舎には餓死と思われる十数頭の死骸が残り、他に生きた牛はいなかった。
 3月15日ごろに生まれたことから、いち(1)ご(5)と名付けられた。この3月で10歳。「うちに来たときは小さい体でビクビクしていた。立派に成長したけど、気弱な性格はあまり変わってない。何年も生きてほしい」と願う。

いちご(右端)や出荷されることのない肉用牛250頭が暮らす「希望の牧場・ふくしま」の牛舎=福島県浪江町で

 吉沢さんは自身のことをベコ(牛)屋と呼ぶ。「ここにいる牛は経済的には意味がない。けれど生きるってことに意味がある。餓死もせず、殺処分もされず、生きてきた。これからも餌食ってくそたれて、寿命までここで暮らす。この牛たちを見て、命の扱い方とか、原発があるというのはどういうことかを考えるきっかけになってほしい。3・11を風化させないためにもここを維持する」。牛と共に生きる覚悟を決めたベコ屋の意地が見えた。
 「希望の牧場・ふくしま」では見学者の受け付けを随時行っている。詳細は公式ブログで。 (写真と文・佐藤哲紀)

おすすめ情報

東日本大震災・福島原発事故の新着

記事一覧