柴又の「おりつ地蔵」が伝える悲しい歴史 山田洋次監督も行く末を案じ、再開発でも残った

2021年2月23日 07時03分

柴又駅前の「おりつ地蔵」に手を合わせる親子

 映画「男はつらいよ」の舞台で知られる京成線柴又駅前に、「おりつ地蔵」と呼ばれるお地蔵さんがひっそりと立っている。再開発で駅前の建物が取り壊されていく中、山田洋次監督(89)も行く末を案じた存在。建てられたのは「おりっちゃん」とかわいがられた女児の死がきっかけだった。

◆案内板が伝える悲しい由来

 観光客に絶大な人気を誇る「振り向く寅さん像」や「見送るさくら像」が立つ駅前広場。寅さんらに目を奪われてしまうからか、片隅でたたずむおりつ地蔵に気付く人は少ない。

柴又駅前。寅さん、さくらの像の近くに、おりつ地蔵(矢印)もある

 「子育地蔵 おりつ地蔵尊」と書かれた白色の看板はさびが目立つ。細長い敷地の奥に進むと、目をつぶり手を合わせる高さ1メートルほどの立像があった。供えてある花は新しく、大切にまつられているのが分かる。
 友人の安産祈願をした武蔵野市のミュージシャン関根俊明さん(38)は「たまたま見かけたので立ち寄ったが、由来を知ってショックを受けた」と打ち明ける。
 掲げられた案内板によると、1932(昭和7)年、この町で貧しい家庭に生まれた5歳の「律子りつこ」が実父に虐待されて亡くなった。慈愛に恵まれずに世を去った律子への同情が近所で広まり、有志で地蔵を建てることになったらしい。

おりつ地蔵の由来を記した案内板

◆一家が暮らしていた場所は今

 地元の葛飾区には虐待事件についても地蔵建立についても資料は残っておらず、立像にも建立年などを彫った形跡は見当たらない。柴又帝釈天の参道で商売をする地域の顔役たちも「おりっちゃんのことは案内板に書いてあることくらいしか…」と語るばかり。悲劇から90年近くがたち、地元でも記憶が薄れてきているようだ。一家が暮らしていたとされる場所は別の民家が立ち、今は空き家になっていた。
 主に世話をしているのは、おりつ地蔵のすぐ目の前で用品店「笠木屋」を営む大畑勝実さん(72)だと分かった。自治会長を30年以上務めた父治郎さんに倣い、さい銭の管理や清掃を自主的に続けている。
 大畑さんの店には1年前、地元では見かけない小柄なおばあさんが千羽鶴を手に「何もなくて寂しそうだから飾らせて」と訪ねてきたことがある。石灯籠が壊れた時も知らないうちに修理されており、大畑さんは「いろんな人が関わっているんだ」と実感している。地元の有志が地蔵前で行っていた法要がここ数年途絶えているそうで、「新型コロナウイルス禍が落ち着いたら、有志で復活させたい」と考えている。

お供えの花を持ち、おりつ地蔵の思い出などを語る大畑勝実さん

◆おりつ地蔵の土地は川甚が提供

 昭和の風情が魅力的だった柴又駅前では、京成電鉄が現代的な商業施設の建設を進めている。「男はつらいよ」の山田監督は2020年12月末、イベントで駅前を訪れた際に一帯をぐるりと見渡し、「あのお地蔵さんはどうなっちゃうの」と吐露。変わらず残ると聞くと、ほっとした表情を浮かべていた。
 おりつ地蔵の建立時に駅前の飛び地を提供したのは近くの料亭「川甚かわじん」だった。店は2021年1月末で創業231年の歴史に幕を下ろしたが、8代目社長の天宮一輝さん(69)は「おりつ地蔵は街のシンボル。多少の固定資産税はかかるが、命の大切さを伝える存在として残していきたい」と語った。

 文・加藤健太/写真・嶋邦夫

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