<ふくしまの10年・伊達東仮設 7年の日々>(6)移動販売車で語らい

2021年2月23日 07時44分

以前から飯舘村を回っていた移動販売車に、集まる避難住民=2014年5月、伊達市で(豊田直巳さん提供)

 飯舘村の避難住民百五十人が暮らした伊達東仮設住宅(伊達市)で、少々困っていたのは生活物資の購入だった。一人暮らしで車のない高齢者が多かった。
 そんな悩みを解決してくれたのが、原発事故前から飯舘村も回り「オレンジ屋さん」の愛称で呼ばれていた移動販売車だった。トラックの荷台部分には魚や肉類、総菜、野菜、飲み物、お菓子などがぎっしり陳列されている。
 「ほかにも販売に来たいという業者はいたんだけど、全部受け入れとはいかないからね。この業者なら、多くの村民が知り合い。自治会にはかって了承してもらった」と仮設の自治会長を務めた農家、佐藤忠義さん(76)。
 事故前、この販売車は農繁期でなかなか買い物に行けない農家にとって、かゆいところに手が届く味方だった。
 仮設では、プランターの土がほしいという要望があれば次回の巡回時に配達。販売車まで歩くのがつらい高齢者がいると聞けば、部屋の前まで車を回してくれた。若い男性ドライバーの応対はとても好評だった。
 「今夜のおかずは何にしようか」「一人だからたくさんはいらないけどね」
 販売車が来ると、部屋から次々に集まってきた。その様子を見守ってきた写真家の豊田直巳さん(64)は「ただ単に物を買う場ではなかったですね。むしろ、ここで会う、語らいをする場だった気がします」と話した。
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