<ふくしまの10年・伊達東仮設 7年の日々>(7)土に触れて 生き生き

2021年2月24日 07時26分

農地を借り、大根や大豆、トマトなどを育て始めた避難住民=2013年4月、伊達市で(豊田直巳さん提供)

 山や土と深く付き合ってきた飯舘村民は、避難で別れを余儀なくされた。しかし、伊達東仮設住宅(伊達市)の住民にとって幸いだったのは、仮設の周辺に耕されなくなった農地が点々としていたことだった。
 引っ越しが一段落した二〇一一年八月末、仮設の自治会が発足。会長に選ばれた農家の佐藤忠義さん(76)らと、伊達市の自治会などが懇談する中、仮設周りに広がる農地のことが話題になった。聞けば会社勤めの住民が多くなり、耕す人が減ったとのこと。「ぜひ使ってもらいたい。農地の手入れをしてもらえると助かる」との声もあった。
 佐藤さんは、飯舘村役場を通じて伊達市に農地の貸し付けを依頼。話はとんとん拍子で進み、翌一二年春から農地を借りられることになった。
 佐藤さんは「願ってもない話。先方にとってもいい話でありがたかった。耕作希望者を募ったら、十二、三人が手を挙げた。やっぱり農家は土を触っていたいんだな」。
 農地を借りた住民は、水を得た魚のように、村から耕運機などを運び込み、大根やトマト、大豆などさまざまな作物を育てた。採れた野菜を見せ合ったり、物々交換したり生き生きした姿が戻った。
 「いやあ楽しかった。土とともに生きてきたんだもの。土に愛着があります。トロロイモは一輪車で三杯、大根は百二十キロを漬けましたよ」。菅野栄子さん(84)は楽しそうに振り返った。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

関連キーワード

PR情報

社会の新着

記事一覧