ずばり東京2020 武田徹著

2021年2月28日 07時00分

◆大会前 冷めた筆致でルポ
[評]高橋秀実(ノンフィクション作家)

 ああ、そうだった……。
 本書を読みながら、私は何度もうなずいた。熱心な五輪誘致、新国立競技場やエンブレムをめぐるトラブルの数々、つい最近のことなのに昔のことのように感じる。大会は始まっていないのに、もう終わったような気もする。祭りの後というべきか。記憶のリアリティが現実を凌駕(りょうが)する読後感を覚えたのである。
 タイトルの『ずばり東京』とは作家の開高健(かいこうたけし)が昭和三十八〜三十九年に東京を巡り歩いて書いたルポルタージュ。一九六四年(昭和三十九年)の五輪大会を控えた街を活写した同作を再読しつつ、ジャーナリストの武田徹さんが「東京2020」大会前の東京を取材する。首都高の下の日本橋や警視庁の遺失物センターなど、当時と同じ場所を訪れるのでその変化も読み取れるのだが、刮目(かつもく)したのは共通点だ。
 前回大会の聖火リレーは返還前の沖縄からスタート。今回は東日本大震災の被災地である福島からで、いずれも「疎外されている」地域。そこを出発点にすることで「日本人みんな」の一体感を演出するらしい。さらに福島での原発誘致は前回五輪の誘致と相前後しており、五輪の成功が事故につながっているという。そして前回大会前にも感染症(ポリオ)が大流行。当時開発されたばかりのソ連製生ワクチンの輸入をめぐって議論となり、ファイザー社から緊急輸入したとか。著者によると五輪は「感染症と縁がある」。聖なる五輪は俗を浮き彫りにするのだろうか。
 本書の大部分はこのたびの延期決定前に書かれている。大会に向けて準備が熱を帯びる東京を描いているはずなのだが、不思議なことに延期を予見したかのように筆致が冷めている。そういえば『ずばり東京』の本家である開高健も五輪の開会式に出かけてカゼをひき、二週間寝込んだらしい。閉会式で鳴り響く電子音楽の梵鐘(ぼんしょう)を聞いて「おとむらい気分」になり、大会準備のために事故で亡くなられた方々のことを最後に記していた。曰(いわ)く「サヨナラ・トウキョウ」。今回の大会にも通じるメッセージかもしれない。
(筑摩選書・1870円)
1958年生まれ。ジャーナリスト、専修大教授。著書『流行人類学クロニクル』など。

◆もう1冊 

フォート・キシモト、新潮社編『東京オリンピック 1964』(新潮社)

関連キーワード

PR情報