<炎上考>「自分は性暴力をしない」だけでは不十分…傍観者も行動を 吉良智子

2021年3月4日 06時00分

自転車ですれ違いさまに女性の胸を触る、動画の一場面(「#ActiveBystander=行動する傍観者」より)

 セクハラの被害者でも加害者でもなく、それを見ている傍観者に呼び掛ける動画が昨年10月、話題になった。国際ガールズデーに合わせて公開された「#ActiveBystander(アクティブバイスタンダー)=行動する傍観者」。作家のアルテイシアさんと助産師のシオリーヌさんが作ったものだ。
 動画は2分強。主人公は若い男性だ。冒頭、女性の背後からスカートの中を盗撮する男を目撃するが、知らんぷりを決め込む。「自分には関係ない」という声と字幕が流れる。
 ここからカメラは主人公の目線で加害行為を映し始める。自転車ですれ違いざま、女性の胸をわしづかみする男。バーで薬物を女性のグラスに入れる男。酒席で部下にセクハラする上司…。数々の卑劣な行為を映すうちにカメラのアングルはぶれ始め、下を向いていく。主人公が多少の罪悪感に駆られつつも、「自分には関係ない」と目をつぶる様がリアルに伝わってくるようだ。
 そして、後半はがらりと様相が変わる。「そのらした視線が性暴力をしやすい社会を作っています」という女性の声と字幕が画面に差し込まれた次の瞬間、最初の盗撮の場面に戻る。主人公は被害者に「大丈夫ですか」と声をかけたり加害行為を止めようとしたりする。まさに「行動する傍観者」として動き始めるのだ。そのやり方は秀逸なので、ぜひ実際に動画で確認してもらいたい。終盤、主人公は、視聴する私たちに「あなただったらどうしますか?」と語りかける。
 この動画を見て「本当にこんなことがあるの?」と男性から感想が寄せられたという。私は小学生の時、この動画と同じ自転車による痴漢にあった。今もこちらに向かってくる自転車に、体がこわばる。被害を語ることが女性の「落ち度」や「恥」とされる社会で、被害者は沈黙を強いられ、その結果として加害自体が「なかったこと」にされてしまう。「自分は性暴力をしない」と宣言するだけでは不十分だ。誰もが「行動する傍観者」になるべきなのだ。

 きら・ともこ 美術史・ジェンダー史研究者

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