中国、高揚感なき高度成長 大都市の住宅難、厳しい労働環境…地方出身の若者は将来像描けず

2021年3月3日 17時00分
 中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)が5日に開幕し、今年から5年間の経済運営指標「第14次5カ年計画」などが示される。中国は長年にわたって高い経済成長率を維持し、当局は国内には貧困人口がいなくなったと誇る。しかし北京や上海など大都市で働く地方出身の若者は住宅難や厳しい労働環境にさらされ、新型コロナウイルス感染症の影響が追い打ちをかける。高揚感なき高度成長下で生きる若者は将来像を描けずにいる。 (北京・中沢穣)

昨年11月、北京市中心部の蛋殻公寓本社前で、当局者(中央)と口論する同社の取引業者ら=中沢穣撮影

◆不動産仲介会社の経営危機でトラブル

 昨年11月上旬、北京市中心部にある賃貸マンション仲介会社「蛋殻公寓(ダンケ・アパートメント)」本社前に、未払い金の支払いを求める内装業者や清掃業者らが連日つめかけた。同社が経営危機に陥ったとの情報が広まっていた。
 内装業の男性(46)は「夏から支払いが止まった。仕入れ済みの内装資材も多く、完全に赤字だ」とまくしたてた。帰宅を促す警官に、激高した人々が「金が払われるまで帰れるか」と食ってかかる場面もあった。
 各地では、ダンケを通じてマンションを貸した家主が、入居者を追い出そうとするトラブルも相次いだ。半年や1年分の家賃をダンケに前払いする入居者が多いが、同社から家主への家賃支払いがストップしたためだ。ネット上では「家主に部屋の鍵を換えられた」「電気と水が止まった」などの書き込みがあふれた。
 ネット上で「大海」と名乗る男性(30)も家を失いかけた1人。大海は天安門から30キロ以上北東の郊外にある約130平方メートルのマンションの一室を借りる。ダンケが家主から借りうけ、3つの個室と、居間を仕切って個室に改造した部屋の計4室を賃貸に出す。トイレや台所は共有する。中国では一般的なスタイルだ。
 大海の月給の約3分の1に当たる月約1900元(約3万1000円)の家賃は、昨年6月に1年分をまとめて払った。11月から何度も家主に退居を求められたが、「法律上は住み続けられるはずだ」と退居を拒む。

ネット上で「大海」と名乗る男性が入居する北京市郊外のマンション群=中沢穣撮影

 大海にとって住居をめぐる災難は初めてではない。北京市政府は、2017年11月に違法建築とされる集合住宅で起きた火事を機に、違法建築物の取り壊しに力を注ぐ。大海も違法建築の部屋から退居を迫られた。「3日しか時間がなく、『正規』に見えたダンケの物件にあわてて決めた」という。

◆地方に職なく、北京では家買えない

 この経験は、ダンケの成長物語の裏返しでもある。15年設立の同社は昨年1月に米ニューヨーク証券取引所で上場し、同3月末時点では全国で42万の物件を扱っていた。急成長の追い風となったのは政府の政策だ。政府は不動産バブルへの懸念から15年ごろからマンション賃貸市場の整備に本腰を入れ、投資目的で購入されたマンションの賃貸を促した。違法建築物の取り壊し政策もあり、仲介会社は急増した。
 しかし、過当競争から各社の資金繰りは苦しかった。引き金は、コロナ禍によって大都市に出る若者が減ったことだ。昨夏以降、20社以上の仲介業者が経営危機に陥った。
 さらにコロナ禍の昨年、大海は3年勤めた映画関連会社を解雇された。それでも河北省の省都・石家荘せっかそうにある実家に戻る考えはない。「4年前の1年間、実家に戻って職を探したが、週休2日で社会保険もある、まともな仕事がなかった」
 一方で北京や上海などの新築マンション価格の平均年収に対する倍率はバブル期の東京を超えて20倍前後に達する。地方に職はなく、北京では家が買えない。だが中国では家を持たない男性は結婚が難しい。大海は言う。「もし結婚したら家族を石家荘に残し、自分は北京で働くしかない」

◆朝9時から夜9時まで週6日勤務の「996」

 今年の年明け、中国のネット上で最初に注目を集めたのは、ネット通販大手「拼多多ピンドゥオドゥオ」の女性従業員(22)が死亡したニュースだ。過労死とみられる。
 中国メディアによると、女性は昨年末、仕事から帰る途中の午前1時半ごろに倒れて亡くなった。新疆しんきょうウイグル自治区で、生鮮ネット宅配の新サービス「多多買菜」に携わっていた。同自治区ではこのサービスは苦戦しており、女性にも過大なプレッシャーがあったとの推測も報じられた。
 中国で朝9時から夜9時まで週6日の勤務を指す「996」という言葉が定着して久しい。IT関連を中心に長時間労働を強いられ、若者から悲鳴が上がる。
 同社従業員だった上海市の男性(27)は「夜11時すぎまで働くのが普通で、1カ月近い出張も多かった」と明かす。男性も多多買菜に携わり、3万元の月収は同世代の平均をはるかに上回るが、「プレッシャーがきつすぎた」。身を削って稼いでも上海のマンションには手が届かないということもあり、2月の春節(旧正月)を機に故郷の湖北省に戻った。

中国の習近平国家主席(手前中央)ら指導部=2月22日、北京(新華社=共同)

◆経済成長の「量から質への転換」強調

 「わが国の貧困脱却戦は全面的勝利を収め、人類史に光り輝く奇跡をまた一つ実現させた」。習近平しゅうきんぺい国家主席は2月下旬の演説で、すべての中国人が「貧困から脱却した」と宣言した。しかし「脱貧困」の基準である年収4000元では都市部では食べていけない。李克強首相は昨年、「月収1000元(約1万5000円)の人が6億人いる」と指摘した。
 その上、貧富の格差は固定化しつつある。中国で貧富を分ける境目の一つは大都市に家を持つかどうか。不動産価格は大都市ではほぼ上昇を続け、2010年より前に住宅を購入した人は「全員大もうけした」(中国紙記者)といえる。
 一方で不動産価格の高止まりは、持たざる者から豊かになるチャンスを奪った。中国紙、環球時報の胡錫進こしゃくしん編集長が2月中旬に「(不動産の高騰について)社会をうらむより、もっと努力するべきだ」と説くと、ネット上で激しい批判にさらされた。先述の大海も「努力では北京で家を買えない」とため息をつく。
 5日に始まる全人代では、「脱貧困」の実績も踏まえ25年までの第14次5カ年計画が公表される。習政権は経済成長の「量から質への転換」を強調しており、計画には庶民の暮らしに配慮したスローガンが並ぶはずだ。
 全人代では35年までの長期計画も明かされる。経済規模の米国超えも視野に入るが、将来を楽観視する若者は少ない。元記者の女性(38)は「私たちの世代は右肩上がりの経済成長しか知らない。経済成長が一段落した後にどうなるのか、不安しかない」と話す。

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