<ふくしまの10年・もう一度 弾きたい>(3)「言葉では話せへん」

2021年3月4日 07時27分

演奏会で「風笛」を弾いた高橋咲栄さん=2014年、いわき市で(高橋咲栄さん提供)

 家族の命や住む家を失った被災者にとって、楽器など二の次、「不要不急」である。しかし、大震災から半年がたち、ピアノを練習することで前に進もうとした福島県いわき市の高橋咲栄(さきえ)さん(44)には「必要至急」となった。
 毎日一時間、家事や育児の合間にピアノに向かう。
 時々、原発事故に遭った福島県の親子を気遣い、「体と心を休めに来て」と保養の招待が各地から届いた。北海道や関西、中国と、宿泊先にも「風笛(かざぶえ)」の楽譜を持って行った。
 レッスン開始から二年半後の二〇一四年春、発表の場が訪れる。阪神大震災の被災者が、いわき市民を励ます演奏会だった。
 神戸市から来たボランティアの新原(にいはら)慶子さん(64)は長年、全国のさまざまな被災者を支援している。大きな悲しみに襲われた人が音楽に取り組む意味を、こう説明した。
 「あなた、経験したこと言葉で話せへんでしょ? でもね、ピアノ弾いたら音で思いが伝わるのよ。苦しみ、迷い、優しさ…。あなたは生き残って、弾くパワーがある。だから生きて、弾くのよ」
 高橋さんは津波で祖父母を失い、生後五カ月の次男佑輔(ゆうすけ)ちゃんを事故で亡くした。「一緒に過ごした時間、幸せだった」。喪失感と自責の念を音に託した。
 弾き終えた時、新しい言葉が見つかった。「がんばったよ」。心の中で死者に語りかけた。
 間もなく、震災から十年になる。高橋さんはピアノを弾き続け、悲しみやつらさとは別の感情に気付いたという。
 それは、三人を懐かしみ、思い出としていとおしむ安らかな気持ち。
 そして、「自分を責めるのはもうやめよう」という生きるための勇気。
 「ピアノの音が、私の傷を癒やしてくれたんです」
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