辛苦重ねたフェンシング 幻の初陣 1940年東京五輪

2021年3月5日 07時10分

フェンシングを披露する法政大フェンシング部員。右は渋谷忠三とみられる=法政大学経済学部卒業アルバム(1936年3月)から、HOSEIミュージアム提供

 昭和の初めに日本に入ってきたフェンシングは、東京の大学教授や法政大OBらの尽力もあり国内に根付いた。1940年の東京五輪は、日本のフェンシングが世界にデビューする晴れ舞台になるはずだった。しかし東京五輪は戦争のため開催権を返上。フェンシングも外来スポーツを理由に排斥を受けた。

◆草創期の2人奔走 「剣道を種目に」覆す

 日本フェンシング界で初の五輪メダリストが誕生したのは、二〇〇八年の北京大会。男子フルーレ個人で太田雄貴選手が銀メダルを獲得した。
 「父が生きていたら、どんなにか喜んだでしょうか。新聞を持って墓参しました」と愛知大名誉学長の本間喜一の長女殿岡晟子(あきこ)さん(87)=世田谷区、写真=は振り返る。
 本間が法政大法学部教授時代の一九三五年、法政大に全国で初めてフェンシング倶楽部が誕生した。学生だった渋谷忠三(三六年、経済学部卒業)が本間や法学部教授の児玉正勝に協力を仰ぎ、創部にこぎ着けた。彼らはフェンシングの草創期を担った中心人物といえる。

フェンシング部時代の渋谷忠三=法政大学経済学部卒業アルバム(1936年3月)から、HOSEIミュージアム提供

 三六年、東京での五輪開催が決まると、フェンシング拡大に拍車が掛かる。本間や渋谷らが中心となり大日本アマチュア・フェンシング協会が発足。渋谷は常務理事に名を連ね、本間、児玉も後に理事長を引き受ける。本間は国際規約の翻訳などを行い、普及に努力した。
 ところが思わぬ壁が立ちはだかった。東京五輪を見据えフェンシング協会は大日本体育協会(現在の日本スポーツ協会の前身)に加盟を求めるが、体協側は「日本には古来の剣道がある」と拒否。さらに体協側は東京五輪の競技種目からフェンシングを除外し、剣道を採用する方針を固めた。

◆忍び寄る戦争 外来スポーツに逆風

 「第一回アテネ大会(一八九六年)から続く伝統の競技」と、本間らは対抗措置に出る。本間の業績に詳しい藤田佳久(よしひさ)・愛知大名誉教授(80)は「留学経験があり、欧州事情に詳しい本間先生は欧州の五輪の有力関係者に電報を打ち、善処を依頼した」と打ち明ける。晟子さんも「父はどこをどう押せば効果的か分かっていた」と話すように、本間は“外圧”を利用して、フェンシング復活を画策した。
 フェンシングは晴れて東京五輪の種目に採用。フェンシング協会も体協への加盟を果たす。渋谷は五輪でフェンシング競技を担当する統制団体の名誉主事を担い、法政大からは六人が代表候補に選ばれた。渋谷の夢はかなったかに見えた。
 しかし軍靴の響きが高まるにつれ、フェンシングにも暗い影が忍び寄る。日中戦争の拡大から戦略物資の統制が強まり、三八年七月、政府は東京五輪の開催権を返上した。さらに「国粋主義、外来スポーツ排撃の空気が体育界をも包みはじめ」(日本体育協会七十五年史)、フェンシング協会は四三年十二月、一時解散した。
 「日本フェンシング協会」と改称して復活するのは、四七年。六四年の東京大会では、長年の功績をたたえ、同協会から本間に感謝状と剣のレプリカが贈られた。
 もう一人の功労者、渋谷は、その場にはいなかった。「極めて温厚な類いまれに見る紳士だった」と後輩が語る渋谷は、太平洋戦争で帰らぬ人となり、日本フェンシングの新たな姿を見ることはなかった。

日本フェンシング協会から本間喜一に贈られたフェンシングの剣のレプリカ(愛知大学提供)

◆軍刀術から学生スポーツへ

 フェンシング自体は明治期、陸軍戸山学校でフランス人教官から「片手軍刀術」として国内に紹介され、軍人にはなじみが深かった。スポーツとしてのフェンシングは岩倉具視のひ孫、具清がフランスで習得。帰国後の1932(昭和7)年、赤坂に日本フェンシング倶楽部を開き、多くの若者を指導した。倶楽部で学んだ大学生らを通じて国内に浸透。法政大、慶応義塾大にフェンシング部が誕生、学生スポーツとしても広まっていった。

フェンシングの復活と普及に尽力した本間喜一(愛知大学提供)

<本間喜一> 1891(明治24)年、山形の旧米沢藩士族の家に生まれる。東京帝大卒業後、検事、判事を務め、1920(大正9)年、東京商科大(現在の一橋大)の教授に就任。法政大法学部教授も兼任。同商大教授会が若手教官の学位請求論文を否決したことをきっかけに起きた「白票事件」で同大を去り、上海の東亜同文書院大学に教授として赴任、学長も務める。46年、愛知大学を実質的に設立する。47年、最高裁の初代事務総長に就任。辞任後は愛知大学長を務める。87年5月、95歳で死去。
 文と写真・加藤行平
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